無題 第2部 14


(14)
でも、そんなのはウソだ。
痛みや痣は消えてしまっても、ボクの身体は覚えている。
忘れてはいない。あの時の苦痛と、快感を。あの人の言葉を。
そして、それを聞いた時にボクの脳裏に浮かんだ人物を。
なぜ、あの時に彼の顔が浮かんだのか?
確かにボクは彼に会った時から、ずっと彼に囚われていたのかもしれない。
けれどそれは、その感情は、そういったものとは全然別のものの筈だった。
それなのに、なぜあの時、ボクが呼んだのは彼の名前だったのだろう?
考えても答など出てこない。それが何なのか、ボクにはわからない。

いっそ、ボクをさらっていってしまって欲しい。
あの、嵐のような、圧倒的な快楽の波の中に飲まれてしまえば、何も考えずに済む。
好きだとか嫌いだとか、何と呼べばいいのかわからないこの感情を、自分の中でもてあまして
不安にならずに済む。それなのになぜ、あの人はあれ以来ボクに近寄ろうともしない。
ずるい。卑怯だ。
ボクの気持ちなど構いもせず、強引にあんな真似をしておいて、一言の弁解も謝罪もなく、
ボクを混乱させたまま放っておいて。

それでも、あの人は順当に勝ち進み、また一つタイトルの挑戦権を得た。
そして進藤もまた、順当に白星を重ねているようだった。



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