誘惑 第三部 14
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唇に、温かく柔らかいものがそっと押し当てられたと思うと、次の瞬間にはさっと逃げた。
目を開けると、怯えたような戸惑ったような泣きそうな真っ黒な目がオレを見ている。
欲しかったのはこれだ。ずっとずっと、忘れられなかったのはこの目だ。この唇だ。
欲しかったのはオレだ。オレの方だ。
離れていこうとする唇をヒカルが追い、捕らえる。
そうしてヒカルの腕がアキラの身体を抱きしめ、ヒカルの唇が強くアキラの唇を吸い上げる。
それから二人は、長い間の飢えを癒すように、貪るように互いの唇を求め合った。
「バカヤロウ…どうしてわかんないんだよ。おまえ、バカだ。
こんなにバカでヤな奴なのに、それでもオレはおまえが好きなんだ。
好きなのはおまえだけなんだ。こんなバカ、どうしてこんなに好きになっちまったんだ。」
「…ごめん、ごめん、進藤……」
腕の中にいるアキラを確かめるように抱きしめながら、ヒカルが言う。
「塔矢、おまえ、痩せた。」
「うん。」
「オレの、せい…?」
「…ボクが、バカだからだよ。」
キミは何も悪くない、と耳元で囁く声が聞こえたような気がした。
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