平安幻想秘聞録・第三章 14
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「飽きたのかな?じゃなけりゃ、他に好きな奴ができたとか?」
「それはありえそうな話ですね」
平安の貴族、特に公達の間では、恋多きことは声高々に誇ってもいい
ことだ。もちろん、量だけではなくその質も問われるのだが。
「そうだといいんだけどなぁ」
上目遣いに見上げるヒカルの表情はどこか幼くて、可愛い。思わず労
を労う意味も込めて、小さな身体を腕に抱き締めてやろうとした佐為は、
ヒカルの背後から近づいて来る人影にハッと身構えた。
「何?どうしたんだ?」
「光。もう用も済んだことですし、退出しましょう」
「う、うん」
が、なぜか佐為は承香殿ではなく、後宮の弘徽殿の方へとヒカルの背
を押して歩き出した。
「えっ、佐為、こっちじゃないのか?」
寝殿造りに疎いヒカルでも、どちらから来たかくらいは覚えている。
そちらへ向かうと内裏の奥へと戻ってしまうはずだ。
「こちらでいいのですよ。さぁ、早く」
理由は知れないが、いつも花のようにおっとりとしている佐為が珍し
く気を焦らせている。分かったと頷いて歩き始めたとき、後ろから衣擦
れの音が近づいて来た。
「待たれよ、佐為殿」
引き止めたのは、堂々とした体格をした公達だった。
「何でしょうか?」
振り返りながらさり気なくヒカルを自分の陰に隠し、佐為は公達と正
面から向かい合う。
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