天涯硝子 14
(14)
冴木は続けて、
「だからって、俺といると緊張するんだろうか、なんて思わないよ。…実を言うと俺も今日は緊張してたんだ。おまえと一緒さ」
以前、母と出掛けた時に、 おまえはつまらなそうな顔をして張り合いがないと言われたことがある。
一瞬、そんな顔をしていたのかとヒヤリとしたが、冴木も自分と同じような緊張感を持っていたのだと気づいてホッとした。ふたりともこんな風に誰かと会うことに、慣れていないのだ。
「…おまえが黒だな」
碁盤の向こうに座る冴木の声が柔らかい。力の入っていた体がほぐれ、安心感に満たされた。
そしてすぐに盤へと気持ちを向ける。胸の中に冴え冴えとした空気が流れ込む。
碁盤の前では、ふたりともプロの棋士なのだ。
17の四、3の十七、16の十七と始まった碁は、中盤までヒカルの優勢で続いたが、終盤のヨセで勝ちを急いだヒカルの手順の間違いで、最後には逆転されてしまった。
「うわぁぁ。…半目負けかよ…」
ヒカルは後ろへひっくり返って、悔しがった。
「どうしたんだ。おまえらしくないな」
「…負けがこんでんなぁ、オレ。勝てると思ったのに」
「オレも勝った気がしないな、おまえの間違いに気づいたし」
「…ちぇっ。次こそ負けないぞ。絶対勝ってやる…」
手で顔を覆い、そうつぶやくヒカルに冴木の近づく気配がした。
ヒカルがハッとして見上げると、すぐ隣りに冴木が寝そべった。
するりと冴木の身体の下に抱きこまれ、両足を冴木の足に挟まれ体重を掛けられて、ヒカルは身動きが取れなくなった。
「…冴木さん、重いよ」
「んー? 進藤は華奢だなぁ。俺の言うこと聞くか? そしたら放してやる」
「…何?」
「俺にキスしてくれ」
そう言われてヒカルは笑い出した。
「何言ってんの! 人が来るかもしれないとこでオレにキスした人がさぁ!」
「笑ったな? おまえからキスして欲しいんだよ」
ヒカルは緩められた冴木の腕の中から手を伸ばし、冴木の首に絡ませ引き寄せた。
目を閉じるとすぐに冴木の唇が触れた。ヒカルの唇がジンと痺れる。
冴木の舌がヒカルの唇を割り、深く入り込むとヒカルの方から舌を絡ませ、強く吸った。
ヒカルの身体の下に腕を差し入れ、冴木は強く抱きしめる。少し浮いたヒカルの頭がずれ、唇が離れた。冴木はヒカルの唇を追い、ヒカルは冴木の首にしがみついた。
お互いの唇の間に隙間を作るまいとするように、その口付けは長く続いた。
「…オレからキスして貰いたかったんじゃないの?」
ようやく唇が離れ、呼吸を整えながらヒカルは囁いた。
冴木は目を閉じたまま、名残り惜しそうにヒカルの唇を舌先で舐めている。
「ねえってば!」
答えない冴木にヒカルも少し舌先を出し、冴木の舌を舐めた。
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