うたかた 14


(14)

 頭の中でシグナルが鳴り響いているのが聞こえた。
 抱きしめたヒカルの肩は、薄く小さい。中途半端に着かけた服の上からその肩に触れると、ヒカルはしがみつく腕に力を込めた。
(────参ったな……。)
 ヒカルとこんな風に抱きしめ合うのも、ヒカルのあんな表情を見たのも初めてだった。

「…ごめん…。」
 弱く声を出したヒカルを見下ろすと、ヒカルは加賀の胸に額を押しつけたままもう一度、ごめんと言った。
「オレ…加賀に迷惑がられてんのに気付かなくて……色々ごめん…」
「迷惑とか思ってねぇよ…」
「じゃあなんで…っ」
 顔を上げたヒカルの瞳に心が捕らわれた。

 ほら。シグナルが黄色から赤に変わる。

「…加賀?」
「……そんなに知りたいのかよ。」
 どうしてオレがお前を引き離そうとするのか。
「…うん。」
 知らねぇぞ、バカ進藤。

 でも、人を疑うことを知らねぇこのチビは、オレの本性をわかってねぇと、また無防備にノコノコついてきちまうだろ?


 もうこれで終わりだ。徹底的に繋がりを断ち切ってしまおう。
 これ以上オレだって苦しみたくねぇんだよ。


「わぁっ!?」
 加賀はヒカルの腕を思い切り引くと、噛みつくようなキスをした。そのまま音を立ててベッドに倒れ込む。
 何の免疫もないヒカルは抵抗することすらできずに、ただされるがままになっていた。
 ヒカルの柔らかい唇の奥に舌を侵入させると、涙を含んだ声が漏れた。
 ────りんごの味がした。
 ヒカルがさっきまで食べていたりんごの皿は、とうにヒカルの手から離れて床の上に落ちていた。
 加賀はそれを味わうように、ヒカルの舌をきつく吸い上げた。

 どうしてだろう。
 こんなにもヒカルを守りたいのに、こんなにもヒカルを壊したい。

 唇を離すと、ヒカルの怯えたような瞳と目が合った。
「…わかったか、進藤。オレはこういう対象としてお前を見てる。」
 ヒカルはまばたきもしないで加賀を見つめていた。
「オレをあまり信用するな。買い被るな。オレがお前に今まで優しくしてきたのは下心があるからだ。」
 ヒカルに覆い被さっていた体をゆっくり離す。


(ああ、サイテーな告白になっちまったな。)


 胸の痛みを自嘲すると、心は余計に血を流した。
 雨なんて、もっとざあざあ降ればいい。
 そしてこの血を洗い流してくれ。



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