うたかた 14 - 15


(14)

 頭の中でシグナルが鳴り響いているのが聞こえた。
 抱きしめたヒカルの肩は、薄く小さい。中途半端に着かけた服の上からその肩に触れると、ヒカルはしがみつく腕に力を込めた。
(────参ったな……。)
 ヒカルとこんな風に抱きしめ合うのも、ヒカルのあんな表情を見たのも初めてだった。

「…ごめん…。」
 弱く声を出したヒカルを見下ろすと、ヒカルは加賀の胸に額を押しつけたままもう一度、ごめんと言った。
「オレ…加賀に迷惑がられてんのに気付かなくて……色々ごめん…」
「迷惑とか思ってねぇよ…」
「じゃあなんで…っ」
 顔を上げたヒカルの瞳に心が捕らわれた。

 ほら。シグナルが黄色から赤に変わる。

「…加賀?」
「……そんなに知りたいのかよ。」
 どうしてオレがお前を引き離そうとするのか。
「…うん。」
 知らねぇぞ、バカ進藤。

 でも、人を疑うことを知らねぇこのチビは、オレの本性をわかってねぇと、また無防備にノコノコついてきちまうだろ?


 もうこれで終わりだ。徹底的に繋がりを断ち切ってしまおう。
 これ以上オレだって苦しみたくねぇんだよ。


「わぁっ!?」
 加賀はヒカルの腕を思い切り引くと、噛みつくようなキスをした。そのまま音を立ててベッドに倒れ込む。
 何の免疫もないヒカルは抵抗することすらできずに、ただされるがままになっていた。
 ヒカルの柔らかい唇の奥に舌を侵入させると、涙を含んだ声が漏れた。
 ────りんごの味がした。
 ヒカルがさっきまで食べていたりんごの皿は、とうにヒカルの手から離れて床の上に落ちていた。
 加賀はそれを味わうように、ヒカルの舌をきつく吸い上げた。

 どうしてだろう。
 こんなにもヒカルを守りたいのに、こんなにもヒカルを壊したい。

 唇を離すと、ヒカルの怯えたような瞳と目が合った。
「…わかったか、進藤。オレはこういう対象としてお前を見てる。」
 ヒカルはまばたきもしないで加賀を見つめていた。
「オレをあまり信用するな。買い被るな。オレがお前に今まで優しくしてきたのは下心があるからだ。」
 ヒカルに覆い被さっていた体をゆっくり離す。


(ああ、サイテーな告白になっちまったな。)


 胸の痛みを自嘲すると、心は余計に血を流した。
 雨なんて、もっとざあざあ降ればいい。
 そしてこの血を洗い流してくれ。


(15)

 加賀とヒカルはしばらく見つめあった。
 ヒカルは困惑したような瞳をしていたし、加賀はその表情に、虚無感にも似た色を浮かべていた。

 何か言わなきゃ、とヒカルは思った。でも何を言えばいいのかわからない。
「じょ…冗談だよな?」
 言ったとたん、自分が失敗したことを悟った。加賀がすごく怒った表情になったからだ。
「お前…オレがどんな気持ちで…っ」
 そう言い終わらないうちに、加賀はヒカルの肩を強く掴み、再び口づけた。
 ヒカルの方が熱があるはずなのに、加賀の唇が触れる所はもっとずっと熱い。

 どうしよう。
 抵抗しなきゃと思うのに、身体が思うように動かない。
 ただ、オレの肌を撫でる加賀の手と、熱い唇と、痛みを堪えるような瞳が、オレが今この世で感知できるものの全てだった。

「…?」
 ふと、加賀の温度が離れていったのがわかって、ヒカルは瞳を開けた。
「…お前、オレの理性が残ってるうちに帰れ…。このままじゃオレ、本当にお前に何するかわかんねえぞ。」
 加賀はヒカルの視線を避けるように、背を向けて座っていた。

(…加賀……。)
 どうして加賀は、こんなにも辛そうなのだろう。
 加賀が自分に恋愛感情を持っているということに嫌悪感は感じなかった。
 でも自分が加賀のことをどう思っているかは、よくわからない。
(……わかんないよ‥)
 顔を上げて、加賀の後ろ姿を見る。
(────……あ)

 加賀の背中に、佐為の背中がダブった。
 あの夢が、鮮やかによみがえる。

 佐為と加賀は全然似ていないのに、置いていかれる寂しさは同じ。


 気が付くと、加賀のシャツを握りしめていた。
「……なんだよ。」
「…いい…」
「進藤…?」

「何されたっていいよ…」

 だから

 だから、お願い。

「…そばにいて…」


 この不安を 痛みを 寂しさを
 消し去って

 おねがい



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