○○アタリ道場○○ 14 - 16
(14)
──母さ〜ああぁ〜あぁんん、ゴメンよぉおっ!
オレ、忙しくて なかなか故郷の漁村に帰れないでいて。
でっ、でも、オレは母さんのことだって、故郷の海だって 一日とて
忘れたことはないよっ。
父さんが酔っ払って、海に落ちたらしいという知らせを聞いた村のみんな
が総出で捜索してくれたことあったね。
だが実は父さん、隣の山田さん家の鶏小屋の中で寝ていたんだよね。
あの時、母さんは怒り狂ってバックドロップを父さんに数発ぶち込んで
いたね。
あああ、昨日のように鮮やかに思い出せるよ。
・・・って、違うだろおおぅぉおっ!!!
兄貴は、お袋おかっぱの醸し出すムードに危うく飲まれそうになりかけた
スレスレで、正気に戻った。
──あっ、危ないところだったぁあ。
お袋おかっぱ・・・、侮り難しっ!!
「緒方さん、なに独りでブツブツ言ってるんですか?
ボタンつけ終わりましたよ」
おかっぱは、綺麗に折り畳んだスーツの上着を兄貴に渡す。
「すっ、すまんな。ありがとうアキラくん」
「いいえ、どういたしまして。緒方さん、もう食事終わったようですので
片付けますね」
おかっぱは、そう言いながら お盆に食器を乗せて立ち上がった。
が、その途端、客用の高価な茶碗を床に落としてしまい、割ってしまった。
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「あっ!?」
無残に粉々になった骨董茶碗を、おかっぱは渋い表情で見る。
兄貴も割れた茶碗を しげしげ覗く。確か、40〜50万はする高価な
骨董食器という事は、なんとなく知っている。それだけに、にわかに
サーと兄貴の顔色は真っ青になる。
おかっぱは しばらく目が点になっていたが、いきなりパアーと明るい
笑顔になる。
「はははっ、まあ割っちゃったものは仕方ないや。
他にも沢山 食器あるし」
と、悪げもなくサラッと言う。
「ちょ、ちょっと待てアキラくんっ!
今、割った茶碗は かなり高価なハズだぞ。そんな態度でいいのかい!?」
「えっ、コレそんなに高い茶碗だったんですか?」
「いくらだと思っていたのか?」
「うーんと、千円ぐらいかな」
それを聞いた途端、兄貴の心にピシッという亀裂が入った。
──お坊ちゃまと言えども、度が過ぎやしないか?
先生は子供を甘やかしすぎだっ!!
兄貴は、おかっぱに対して段々と腹が立ってきた。
「ちょい待てい、そこの おかっぱ―――!!!!!
オマエは人生を舐めているだろぉおっ、そこへ座れやっ!
その狂った金銭感覚を徹底的に直してやる!!」
兄貴の強気な発言に、おかっぱの目は またもやキラキラリーンと光った。
いつのまにか おかっぱの両手にはハリセンが握られている。
そして、ハリセン二刀流「ミルキーはママの味(←意味不明)」を兄貴の脳天に
素早くスパパパパァアア―――ンン!!!と、二発食らわす。
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おかっぱは誇らしげに兄貴に向かって言う。
「この家では、ボクの成す全てのことが法則ですから、よく覚えていて
ください」
兄貴は朦朧とする意識の中で、改めて おかっぱを見た。白い割烹着と
両手のハリセンが、なんだかとても眩しく目に映った。
次の日、おかっぱは目覚めよく起きた。
窓を開けると、空が高く澄んだ空気の漂う気持ちのいい朝が眼前に
広がっていた。
ウーンと背伸びのしながら、今日の朝ご飯は どうしようかと思いを
巡らせる。
「ダシ巻卵、アジの開きに大根おろしをつける。あと納豆の中に沢山の
葱の刻んだ物。それと三つ葉の吸い物にしようかな」
おかっぱは、早速 純白の割烹着・三角巾を身に付け、廊下を歩きながら
アレコレと、朝の献立を組み立てる。
そして客間の部屋の戸を少しあけた。そこには緒方兄貴が大の字で
畳の上に寝転がり、スヤスヤと寝息を たてている。
つくづく大人気なく子供のような人だなあと、おかっぱは兄貴の寝顔を
見ながら そう思った。
ちょうど そこへお隣の佐藤さん家の猫のタマが客間に入ってきた。
タマは寝ている兄貴の額を左足でチョイチョイと、突っついている。
兄貴は「コノー、待てぃクソジジイ──!!」と、ゴニョゴニョと寝言を
言っている。
ヤレヤレ、どんな夢を見ているんだかと おかっぱは客間を後にした。
おかっぱは、台所に行き冷蔵庫から200cc入り牛乳瓶を取り出す。
それを縁側で蓋を開け、腰に手を当てて牛乳をゴクゴクと、一気飲みする。
「あー、朝はコレがなくちゃね」
お袋おかっぱの顔は、こぼれんばかりの笑顔が溢れ、白い歯がキラリーンと
爽やかに眩しく光った。
<お袋おかっぱノ巻・完>
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