Shangri-La第2章 14 - 16


(14)
緒方はゆっくりとビールを流し込んでいく。
喉を通りすぎる冷たさと泡の感触に生き返る心地がした。
最後の1滴まで飲み干してから、アキラの様子を見に
緒方は寝室へと立った。
音を立てないようにドアを開けると、アキラはもう眠っている様子だった。
ドアの隙間から差し込む明かりを頼りに周りを見回すと、
バスローブは脱ぎ捨ててあるが、用意しておいたパジャマや下着もそのままだ。
本当に裸で寝たのかと、半ば呆れながらアキラをもう一度見遣った。
横になって向こう向きに眠るアキラの上に掛けられた布団は
少しずれていて、背中が半ば剥き出しになっている。
このままでは風邪を引く、掛け直してやろうと緒方はベッドに近寄った。
細く光が差し込むだけの暗い室内で、アキラの背中は白く浮き上がり
緒方は吸い寄せられるままその背中に口づけていた。
外気に晒されていたその肌は、ひんやりと冷たくその美しさを裏付けたが
その冷たさに、何か不安をかき立てられるような気がして
手のひら全体で、今アキラが間違いなくここに存在するということを
確かめずにはいられなかった。触れた肌は滑らかで間違いなく、
それ故に、一度肌の上を滑らせた手はもう離すことが出来なかった。


(15)
アキラは夢中で、微かに感じる温もりに手を伸ばしていた。
その温もりが何で今どういう状況なのかは全く分からない。
気がついたら、少し温かかった。その温かさがもっと欲しくて
手を伸ばしてはみたが、それは背中にあったせいか
伸ばしたはずの手は何度も空を切り、なかなか届かない。
アキラは癇癪を起こしたように、ぶんぶんと手を振った。
その手に確かな質感のある手が重なり、アキラの手は脇腹に置かれた。
その温かさは幻ではなかった。安堵して、アキラは更なる温もりを願った。
――願いはすぐに叶えられ、少し窮屈だが温かいばかりの場所に匿われた。
これまでいくら願っても与えられることのなかった温もりの中で
全身から力が抜け落ちていく感覚が心地よかった。


(16)
乞われるまま緒方がベッドに潜り込みアキラを背中から抱くと、
アキラはほんの少し身体を捩って
安らかな幸せをその口元に浮かべて見せた。
幼かった時代にはこんな表情のアキラを見た記憶もあるが
関係を持つようになってからは特に
緒方の前でそんな表情を見せる事はなかったように思う。

―――思えば、幼いころから無意識に自分を抑える術を
身に付けていたアキラには、海外を飛び回り留守がちの両親にも、
のっぴきならない事情とやらでバイトに明け暮れる恋人にも
淋しいからそばに居て欲しいと訴えることは出来なかったのだろう。
そんなところが『大人しくて聞き分けの良い子』として
周囲の大人達に愛される所以でもあったろうが
若いころの緒方の目には、渡世術に長けた
子供らしくない子供と映っていたのも事実だった。
しかし今にしてやっと、その憐れさを緒方は感じていた。

と、アキラが微かに身体を揺らした。
「ん………」
どうやら、キスのおねだりらしい。
なんとなく沸いた薄っぺらい憐憫の情から、緒方は
孤独を抱いた憐れな子供へ、望むまま与えた。



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