平安幻想異聞録-異聞- 140


(140)
ふたりとも、しばらくその場にそのまま、じっと立ち尽くしていた。
ヒカルは目を閉じて、背中の佐為の気配に集中する。
背中を佐為に預けたまま。顔を見ようとは思わなかった。
「久しぶりです、ヒカル」
いつもの佐為の声。声と一緒に吐息がヒカルの首筋にかかった。
「なんでって、聞かないのか?」
ヒカルが、少しだけまぶたを開けて静かに言った。
「わかってますから」
「………」
「私達のために、そうしてくれたのでしょう?」
背中から回されている佐為の手。
佐為の手は、細いくせに骨格はちゃんとしていて大人っぽい。
「賀茂は、無事?」
「えぇ。あの晩、腕に負った怪我もだいぶ癒えました」
「そうか。よかった」
「ヒカルこそ、この傷。治ってきているようで何よりです」
佐為の手が、静かに動いて弓を持ったままのヒカルの左手に触れた。その手首には、
数日前にヒカル自身が噛みついたあとが、かさぶたになって残っていた。
「痩せたのではないですか? ちゃんと食べていますか?」
同じようなことを加賀にも言われた。自分はそんなに痩せただろうか?
「座間様のところで、何か辛い目にあっているのではありませんか? 不自由は
 していませんか?」
言葉を重ねて、佐為が訊く。今のヒカルには、その佐為の声音だけで気持ちがいい。
「うん…平気。大丈夫だよ」
どうにもならないことで心配をかけたくなかったので、ヒカルは平静を装った。
そして、幾分か目線をうつむけたその先。いつもなら、白鷺の羽のように白くて
柔らかな佐為の指先に、細かな傷が無数に付き、爪も割れているものがある事に
気がつく。ところどころマメが破れたように皮がむけてさえいる。
「おまえこそ、これ、どうしたんだよ」
「秘密です」
「え?」
耳元でささやく穏やかな声。
「ヒカルが、私に何か隠しているようだから、私も秘密ですよ。おあいこです」
「なんだよ、それ」
佐為の笑った気配がした。ヒカルもなんとなく和らいだ気分になって、少し笑った。



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