平安幻想異聞録-異聞- 141


(141)
「そうそう、先ほどの舞い、途中三度も左から踏みだしたでしょう? 右舞いの
 『綾切』は右の足から、ですよ」
「しょうがないじゃん。初めてだったんだよ、あんな…」
「でも。綺麗でした」
宜陽殿の建物を挟んだ向こう側に面する紫宸殿の庭から、遠く楽の音が聞こえ
始めた。饗宴が再開されたのだ。
いささか強い力で、抱き寄せられた。佐為の胸に包み込まれる。
「ヒカル」
「何?」
「待っていて下さい。もう少しだけ。必ず助けてあげますから。必ず家に帰れるように
 してあげますから」
「佐為」
ヒカルは、そのまま振り返って佐為の胸に縋り付きたかった。でも、それは出来ない、
今はまだ。―まだ。
「俺、もう行かないと。おまえもまずいんじゃないの? いろいろさ」
今や有力貴族のひとりに数えられる佐為は、宴の場では、様々な束縛がある。
他の貴族たちの相手然り。藤原派閥の筆頭である、行洋のご機嫌伺い然り。
きっとここにも、宴の席を黙って抜け出して来たはずだ。
「そうですね、私も宴の席に戻らなくては」」
ヒカルの体に回されていた手がほどかれた。寒い、とヒカルは思った。
ほどいたその手が、ヒカルの冠に飾られたままの、黄色い小菊の花へとやられた。
「この花を貰えますか?」
静かにそれを抜き取る。
「約束しましょう、ヒカル。この花がしおれるまでに、必ずあなたを元居た場所に
 帰れるようにすると。だから、それまでどうか…」
花飾りを失った耳の後ろに、やんわりと佐為の唇が触れて、離れた。
背中が涼しくなって、後ろにいた人が立ち去る気配。
佐為は振り向かなかった。ヒカルも振り向かなかった。
ヒカルの肩に、ただほんのりと佐為の腕の感触が残った。
顔も見ることさえ叶わなかったけれど、ヒカルにはそれで十分だった。



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