裏階段 ヒカル編 141 - 145
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我ながら意地が悪いと思う。
未だに男同士でこういう行為をする事が進藤の中ではまだ納得出来ていないところがある。
それはよく判っている。ただでさえ体格に差があり、腕力で勝てない相手に
一糸纏わぬ状態で組み敷かれる状態はそれなりにプレッシャーを受けるものだろう。
同意していないなら、怖がるくらいなら、それならば何故ついて来るのかと問いたい。
答えは彼の肉体にある。指先に返って来る反応にある。
進藤の若い肉体は中途半端な刺激に耐えられず次の段階を強く要求していた。
軽い愛撫にも、進藤は驚く程敏感に反応した。
感じ易過ぎるというか、初期の頃はとにかく触れる事に対する拒否反応が強くて苦労した。
アキラが濃密に触れ合う事を好むのとはえらく対照的だった。
スキンシップに慣れていないかと思ったが、行為を重ねるうちに判ってきた。
髪でも指先でも、彼の肉体で愛撫の対象にならない箇所はなかった。
「…そういう触り方、やめろよっ!!」
sexの途中で何度不機嫌にさせたかわからない。よほどこちらのやり方が不味いのかと悩んだ。
だがだんだん彼のその裏側にあるものが判って来た。
感じれば感じる程に進藤は不機嫌さを装おうとするのだ。
彼はこちらが予測した以上のものを受け取ってしまう極めて高感度な体質だった。
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彼の要求に対応できるだけの感覚を存分に与えた後、指を引き抜き、念入りに再度口で直接
唾液を塗り込み十分に湿らせた後に伏せた彼の腰にこちらの腰を重ねて進める。
「くう……んんっ!!」
苦しげに彼が一瞬背を反らす。
思いがけず一気に深く入り込んでしまった。
「…大丈夫か?」
進藤はただ黙って首を横に振るだけだった。カタカタと小さく肩を震わせて
ハアハアと切なげに息を吐く。
昨日の冷め切らない熱がまだ残っていたのだろう。
普段なら完全に挿入しきるのにはかなり時間をかけるのだが、その時は
彼自身によって吸い込まれるようにして収まってしまった。
彼の中でそういう要素が育ちつつあるのかもしれない。
それを教えてしまったのはオレだ。
いつか誰かがそれを進藤に教えるのであれば、それくらいならば
オレがそれをしたかった。
他の誰にもその役目を譲りたくはなかった。
もちろん進藤がオレを入り込ませる隙を作らなかったらいくらオレでも
無理強いは出来なかったのだが。
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進藤が突然手合いに現れなくなって、アキラの驚きと苛立ちは日に日に大きくなっていった。
理由を問い質しに進藤の通う中学まで彼を訪ねたものの理由らしい理由も聞けないまま、
その足でアキラはオレのところへやって来た。
「学校に乗り込んだのか。進藤のこととなると必死だな」
「進藤は…もう打たないと言うんです…」
ソファーに腰掛けてアキラは唇を強く噛み締め、怒りが納まらないといった厳しい表情を見せた。
「…信じられない…!!何故あいつは…、何故進藤はいつもああなんだ…!」
「よほど何か事情があったんだろう。他にやりたい事でも見つけたかな」
自分でも不自然に思えるくらい、進藤に関して興味がない素振りで素っ気無く答えてしまっていた。
いかにも自分が唯一進藤の才能を見い出し一番の理解者であるかのようなアキラの態度と
ものの言い方が気に入らなかったこともある。
「そんなはずはない…!…だって、だってあいつは、進藤は…ボクと戦う為に…そのために
プロの世界に来たはずなんだ!なのに…!」
「忘れてしまえばいい。所詮進藤の囲碁に対する思いはその程度だったってことさ」
「…忘れさせてくれますか?」
アキラは自ら制服のボタンを外すとオレの膝の上に座った。オレの首に腕を回して
無造作に唇を合わせて来た。
直ぐにアキラの肩を掴み引き剥がした。
「頭に血が登ったガキの相手はごめんだな。…今日は帰りなさい」
ぶ然とした表情でアキラはオレを睨み付けると部屋から出ていった。
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月明かりの中での進藤との不思議な一局以来、オレの中に整理がつかない
なんとも言えない感情が沸き上がっていた。
もう一度進藤と手合わせをしたいと思いながら一方で、素面で打って
果たして勝てるものか、そんな不安感があった。
十段戦の勝利にようやく酔えるようになった矢先の思い掛けない敗北に戸惑っていた。
他のタイトル戦も日程が詰まって来ている。
怖じ気付いた訳ではない。むしろ好戦的な意欲があった。
だがあの進藤との一戦を思えばその後の相手は物足りなさばかりが目立ったのだ。
あの夜、月明かりの中で感じた進藤の底なしの威圧感、脅威は
紛れもなくsaiのものと同質であった。
打った者でなければわからないその魅力に一気に惹き込まれた。
できれば他の誰もいないところで、2人だけで、進藤ともう一度あんな時間を
過ごしてみたいと願った。
その時こそsaiを捕らえてみせる、今は想像でしか無い進藤とsaiの関係を明らかにできる、
そういう思いがあった。
だからといってそれを皆に暴露するというものではない。ただ自分の中で納得出来る説明を
進藤から得られればそれで良かった。
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進藤がプロを辞めようとしているという噂は棋院の関係者の間でも少なからず
今回の件への対応に頭を悩ましている部分があった。
しばらくして棋院の職員が姿を現さなくなった直前の進藤に幽霊の居場所を訪ねられたという
話をしているのを耳にした。
「…幽霊が出そうな場所?」
偶然休憩時間の職員らのその雑談の場に居合わせ、業務のカウンター越しに怪訝そうにオレが
問い返すと、仲間と話していたその相手は多少怯えたように肩を竦めた。
「え、ええ。今の若いコって変わってますねえ、まだオカルトって季節でもないのに」
その件の日にちを聞くと、例の地方のイベントの直後だったとわかった。
「それで?その時の進藤の様子は?」
「ええ。ひどく思いつめたような様子で…それで資料室を教えてあげたんですが、約束の時間になっても
なかなか進藤君が戻って来なくて…。それで私がそこに行ってみると、進藤くん何やらぶつぶつ
口にしながら古い棋譜を熱心に読みふけっていましたね…」
「…棋譜?」
「ええ、秀策のものです。進藤くんに持ち出していいか聞かれたんですが、私がダメだって答えると
本当にがっかりしたような表情をされちゃって…」
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