平安幻想異聞録-異聞- 141 - 146
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「そうそう、先ほどの舞い、途中三度も左から踏みだしたでしょう? 右舞いの
『綾切』は右の足から、ですよ」
「しょうがないじゃん。初めてだったんだよ、あんな…」
「でも。綺麗でした」
宜陽殿の建物を挟んだ向こう側に面する紫宸殿の庭から、遠く楽の音が聞こえ
始めた。饗宴が再開されたのだ。
いささか強い力で、抱き寄せられた。佐為の胸に包み込まれる。
「ヒカル」
「何?」
「待っていて下さい。もう少しだけ。必ず助けてあげますから。必ず家に帰れるように
してあげますから」
「佐為」
ヒカルは、そのまま振り返って佐為の胸に縋り付きたかった。でも、それは出来ない、
今はまだ。―まだ。
「俺、もう行かないと。おまえもまずいんじゃないの? いろいろさ」
今や有力貴族のひとりに数えられる佐為は、宴の場では、様々な束縛がある。
他の貴族たちの相手然り。藤原派閥の筆頭である、行洋のご機嫌伺い然り。
きっとここにも、宴の席を黙って抜け出して来たはずだ。
「そうですね、私も宴の席に戻らなくては」」
ヒカルの体に回されていた手がほどかれた。寒い、とヒカルは思った。
ほどいたその手が、ヒカルの冠に飾られたままの、黄色い小菊の花へとやられた。
「この花を貰えますか?」
静かにそれを抜き取る。
「約束しましょう、ヒカル。この花がしおれるまでに、必ずあなたを元居た場所に
帰れるようにすると。だから、それまでどうか…」
花飾りを失った耳の後ろに、やんわりと佐為の唇が触れて、離れた。
背中が涼しくなって、後ろにいた人が立ち去る気配。
佐為は振り向かなかった。ヒカルも振り向かなかった。
ヒカルの肩に、ただほんのりと佐為の腕の感触が残った。
顔も見ることさえ叶わなかったけれど、ヒカルにはそれで十分だった。
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宴が明けて、九月の十日。
この頃からいよいよ秋も深まり、木々も深く色付き始める。
内裏は、宴の後のどこか緩んだ空気に包まれ、誰も彼も動きが重い。
ヒカルは、宜陽殿の書庫の入り口あたりの柱に身をもたれさせかけて、
秋の空を眺めていた。
夕べはさすがに座間達も、ヒカルに床の相手をさせずに寝てしまったので、
今日はヒカルもそんなには眠くない。
だけど、人の気配の少ないこの場所にいると気が落ち着いた。
1回、加賀が前を偶然通りかかったと言って顔を出したが、様子を見て取って
すぐに立ち去り、ヒカルをひとりにしておいてくれた。
その加賀の話によると、今日も佐為は参内を休んでいるらしい。
肩と背に残る佐為の感触を追いながら、ヒカルは
二人が最後にまともに顔を合わせた日の事を思い出す。
賀茂邸に泊まることが決まった、あの夕方。
木戸を閉めようとした賀茂アキラを制して、思わず飛びだしていた自分。
雲の垂れ込めた空。昼下がりの薄明るい道をひとりで帰路につく佐為の後ろ姿を見て、
何か、胸の奥から熱いものが込み上げてきて、追いかけずにはいられなかった。
そこが天下の往来だということも頭から飛んでいた。
艶やかな黒髪を風に揺らして振り返るその人に、気がついたら唇を重ねていた。
ただ、触れ合うだけの口付けだったけれど。
ヒカルは無意識に、自分の唇に指でなぞっていた。
あれから幾日もたっていない筈なのに、それは昨日のように思い起こされながら、
ひどく遠い。
あの時も、佐為を離したくなかったが、昨日、内裏で会ったとき、もし自制できずに、
振り返って佐為に抱きついていたら、その離れがたさはあの時の比ではなかっただろう。
清涼殿の方がざわめいた。
議事が終わったらしい気配にヒカルは立ち上がって、控えの間に向かう。
座間と菅原は、幾人かの公卿とひそひそと言葉を交わしながら、宜陽殿へと渡ってきた。
公卿達が、廊下に出て待っていたヒカルをじろじろと見た。
どうせ、ろくでもない悪巧みでもしていたに違いない。
聞きたくもないので、ヒカルは意識の中で耳を塞ぎ、帰途のため、牛車にむかった。
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座間邸で、自分に与えられた部屋から出ることもかなわず、ひとり時間を
持て余すヒカルの元に、その夜も座間と菅原は訪れた。
あの甘ったるい匂いを放つ香炉が持ち込まれ、嫌がるのを無理矢理押さえ
つけられ、薬を飲まされる。
それでも、二日前に朦朧とした意識の中で飲まされたそれより、はるかに量は
少なかった。
「そなたのああも良い顔を、他のやつらに見せるのは勿体のうてのう」
ヒカルは、薬を流し込むために強引に含まされた白湯が口元を濡らしているのを
拭って、座間を睨みつけた。座間はそれを受け流して、薬が効くのを待つつもり
なのか、立ち上がると部屋から出ていってしまう。菅原も後に続く。
取り残されたヒカルはだから、ひとりでその時を待った。
だんだんと視界がぼやけて、目の焦点が結びにくくなる。
しばらくして、御簾が上げられた。
冷たい夜風とともに入ってきたのは、座間達ではなかった。
黒い束帯に身を包んだ公卿が三人。
「なに……?」
ヒカルは、香が見せる幻なのかと、頭を振った。
だが、公卿のひとりがヒカルに近寄って、その肩を抱き、そのヒカルの頭の
動きを、止めるように抱き込んだ。
抱かれた場所から、嫌な感じのしびれと熱が広がった。あの香と薬のせいだ。
振りほどこうと上げた手を、もうひとりが掴んで止めた。
「おぉ、愛いのう。そう怯えんでも、今宵はやさしく気持ち良くしてやろうぞな」
「うむ。近くで見れば、また、いとけない様がたまらんのう」
「あんたたち…誰?」
ヒカルの問いに三人目の公卿が答えた。
「座間殿から聞いておらんのか。今宵、そなたは、わしらの相手をするのじゃ。固く
なることはない。そなたが大人しければ、できるだけ優しくしてやるでのう」
「そうじゃ、この度の、議事で、座間殿の意見に肩入れする見返りに、わしらは、
そなたを一晩自由にする権利を得たのじゃ」
ヒカルは怒りに肩を震わせた。
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座間の政治取引の材料として、自分はこの三人の男達に売られたのだ。
そういえば、三人のうち一人には見覚えがある。昼間、座間と話していた男だ。
そうとわかって、黙ってじっとしているほど、ヒカルは人間が出来ているわけ
ではない。
朦朧とする意識にむち打つ思いで、必死に肩に回された男の腕の中から逃れた。
勢いで近くにあった灯明台が倒れる。
油がこぼれて、僅かに炎が広がりかけるのを、公卿のひとりは、近くにあった
円座を使ってあっさり消した。部屋の暗さが増した。暗さになれない目のせいで
自分の位置も、男達の位置も判らなくなったところを、公卿のうちの誰かに
腕をつかまれた。
「わしらが怖いか。そう怖がらんでもいいわい。愛いのう、愛いのう」
3人の公達が、ヒカルの体にむしゃぶりついた。
暴れるヒカルの体を床に押さえつけ、我先にその服を脱がせにかかる。
ひとりが、まだ上の衣も脱がせ切らぬままのヒカルの胸の乳首に、性急に
歯をたてた。
「ああっ!」
薬と香に侵されたヒカルの体はそれを強い快楽としてうけとった。
違う男が太ももにすがりつき、敏感なその内側に口付け愛撫する。
振りほどこうとするヒカルの足をもうひとりの男がおさえ、その男は、
そのままヒカルの柔らかな脇腹にかぶりついた。
「あ……だめ、…だめ…ぇ…」
それは、男達を押しとどめようとする「駄目」ではなかった。薬のせいで
過敏になり、男達の手管のままに快楽の沼に落ちていこうとする自分の体に
対する「駄目」であった。
だが、ここまで進んでしまって、今のヒカルの体がそのまま満足する筈もなく、
意に反して皮膚という皮膚が与えられる快楽を求めてざわめきだしていた。
「や……あ……あ……」
3人の男達によって体中から与えられる快感に、体が喜ぶのが止められない。
「愛いのう、愛いのう」
男達が、ヒカルの体中に手と舌を這わせる。
その舌のひとつが、ヒカルの秘門に触れた。
じん、とヒカルの体をしびれが駆け登った。
男が卑猥な音をたてて、そこを舌でほぐしていく。
ヒカルは声が止められない。
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「あぁ、あぁ、あぁ、あ…」
もう十分とみたのか、男がいきりたったものを突き入れてきた。
「あぁぁぁぁ!」
だが、その男の陽根は普通と比べてもわずかに小さく、全身で快楽を求めている
今のヒカルが満足できるようなものではなかった。そのため、なんとか充足感を
得ようとするヒカルの内壁の方が、ギュウギュウと積極的に男のものを締めつける。
「ほぅ、ほぅ、これは座間様の言う通り、またとない名器よ」
男が奇声を上げた。
「や、あ、あ、あ、あぁぁっ」
ヒカルの悲鳴に合わせて男は腰をわずかに振ると、あっと言う間に果てた。
「さっさとどいて、儂と変わらぬか」
もうひとりの公達が、今度はそのごく標準的な大きさのモノを、ヒカルのそこに
押し込める。
「あぁぁあぁーーっ」
ヒカルの背筋が反り返った。
「これこれ、あまり暴れるでないぞ」
他の二人がヒカルの体を押さえるうちに、ヒカルの中のその男が動き出す。
「はんっ、やっ、やっ、やっ、あぁぁ、あぁぁっ」
今度はそう簡単ではなかった。この少年の体を目一杯に楽しもうと、二人目の公達は
様々な角度から内壁を責めてくる。
「いやぁぁ、いやぁ、あんっ、あ……」
「ここか?ここか?ここがよろしいのか?」
「あぁあ、あぁ、やん、や、あん!」
ヒカルが大きく頭を左右に振った。
「そうか、そうか、ここがよいのか」
一点を集中的に責めてきた公達に、ヒカルの体は跳ねてそりかえった。
「あぁぁぁん、やだ、やだ、だめぇぇっ!」
「おぉおぉ、なんとも元気の良い、若アユのようだのう」
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「ほんに、ありきたりの稚児などでは望めぬさまよ」
公卿たちの的外れな褒め言葉など、ヒカルの耳には届かない。ただ、ヒカルは中を
擦られる快楽に鳴きつづける。
「はんっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、…」
瞬間、ヒカルはその男の腹に向けて、自分の白泥液をも放っていた。
正直、二人目の男が終わった時点で、ヒカルに施された薬の効果はほとんど
切れていたが、一度火がついてしまった体は、感覚だけが暴走してしまったように
熱が収まらず、三人目の男の摩羅もなんなく銜え込んでしまう。
「はぁぁ……ぁ」
三人目の男がゆっくりと腰を揺らし始める。
「あまり食い急ぐのは、無粋というものであろう、お二方、こういったものはもっと
ゆうるりと楽しまねば、座間殿に、それほどの床日照りかと笑われますぞ」
立て続けの絶頂の余韻にざわめいているヒカルの内壁を男はネチネチと刺激する。
「ハァ…あ…はぁ……はぁ…はぁ…」
男の下でヒカルが、体に再びこもりはじめた熱に苦しげに喘ぐ。その幼い中心のものが
体を支配する感覚に流されて、頭をもたげ始めていた。
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