日記 145 - 147


(145)
 「ラブレターを書きたいのか?」
ヒカルは、少し考え込んで頷いた。
「ちょっと、違うんだけど………」
ひとつ呼吸をおいてから続ける。
「オレ…塔矢に手紙を書いたんだ…でも…」
何を書いていいのかわからない。言いたいことはたくさんあるのに、上手く言葉に出来ない。
そうヒカルは言う。
「便せん一冊潰して…結局…一行しか書けなかった…」
「なんて?」
ヒカルは、頬を赤らめた。弄んでいたクッションを顔に押しつけて、「ないしょ」と、
小さく言った。
 ラブレターの書き方を聞くくらいだ。内容は推して知るべし…だ。聞く方が野暮と
いうものだろう。何だか微笑ましい。ヒカルはまだ顔を埋めている。伸びかけの髪の隙間から
覗く耳は真っ赤だった。そんなヒカルを緒方は可愛いと思った。
 そこで、一旦会話は途切れた。緒方は書類に目を落とし、作業を再開したが、ふと
ヒカルの方を振り返りながら、問いかけた。
「おい…それで、その手紙出したのか?」
軽い好奇心だった。答えは返ってこない。
 あまりに静かなので不思議に思って、ソファに寝そべるヒカルをを覗き込んだ。
ヒカルは、いつの間にか眠っていた。
「仕様がない奴…」
 緒方は寝室からタオルケットを取ってくると、そっとヒカルにかけた。


(146)
 静寂が部屋を包んだ。緒方はヒカルの傍らに膝をついたまま、暫くその寝顔を見つめていた。
相変わらず顔色は悪く、頬に濃い影が落ちている。だが、寝顔はあどけない。以前の
ヒカルそのままだ。
 スウスウと小さな寝息が聞こえる。安らかだが、暑いのか額に少し汗をかいていた。
 緒方は、ヒカルの額にかかる前髪を静かに掻き上げた。そこに手を置き、熱がないのを
確認するとホッと息を吐いた。頭を軽く撫でてやると、微かに笑ったように見えた。
こんな消えてしまいそうな笑みではなく、あの輝くような笑顔が見たいと思った。
 ヒカルは元気で無邪気な悪ガキでいて欲しいのだ。

――――――ピンポーン
緒方は現実に引き戻された。慌てて、インターフォンをとった。
「はい?」
「……ボクです。」
一瞬の沈黙。その後で、相手が応えた。
 緒方は躊躇った。今、アキラを招き入れていいものだろうか?アキラが突然訪ねてくるなんて
よほどのことだ。アキラと関係があったとき、彼は来る前には必ず連絡を入れていた。
合い鍵を渡した後は、部屋で待っていることもあったが、大概事前に電話をかけてきた。
―――――それほど、せっぱ詰まっているってことか……
 ゆっくりと、キーを解除した。


(147)
 「すみません。突然、お伺いして…」
そう言いながら頭を下げたアキラの視線が、一点で止まった。明るい色のスニーカー。
「進藤が来ているんですか?」
声が弾むのを押さえられない。ここ数日、ヒカルをどうしても捕まえることが出来なかった。
もしかしたらという気持ちはあったが、本当にここで会えるとは……
 緒方は黙って、部屋の奥へ視線を巡らせた。
「静かにな。寝ているんだ…」
アキラを招きながら、自分も足音をたてないように移動する。アキラもそれに習って、
静かに靴を脱いだ。
 ソファの上で眠っているヒカルを見たとき、胸が熱くなった。その傍らに屈んで、顔を
覗き込む。久しぶりに見たヒカルの寝顔。長い睫毛、痩せた頬。手合いの日に会ったときより、
幾分顔色は良いようだ。
 胸の鼓動が早くなる。なくしてしまった宝物を見つけたような気分だ。小さいとき、
庭に埋めた初めてもらった碁石。目印がなくなりあちこち掘り返して、結局見つけられなかった。
穴だらけになった庭を見て、お母さんに酷く叱られたっけ……あの石は今も庭のどこかに
埋まっているのかな…
 そんなことを考えつつ、ヒカルの髪に指を絡めて弄ぶ。アキラは飽きることなく、
ヒカルの寝顔を見つめ続けた。



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