平安幻想異聞録-異聞- 147 - 148
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平安の夜の闇は深い。
魍魎跋扈、百鬼夜行の通る碁盤の目に張り巡らされた往路。
だが、その妖し、物の怪がどこから出現するのかを知っているものは、名のあ
る陰陽師の中にもいないという。
人によっては、あだし野から、いや鳥辺野からとも聞く。
だけど、とヒカルは思う。妖しが生まれるのだとしたら、それはきっと人の
心の中の闇からだ。
その闇は、月のない日の夜の色より濃く、山中にひっそりと口をあける
洞窟よりも深く底が知れない。
そんな得体のしれない不気味さを、自分を組み敷く男達の目はたたえていた。
権力欲とか、情欲とかそういうものが渦巻いて、黒々しいよどみになって、その
瞳の向こうに見える気がした。
この三人の男達だけではない、座間も菅原もその目、心の奥に同じよどみを
抱えている。
そして、その闇はきっと、人が誰でも持っているものなのだ。
そう、ヒカル自身や、佐為だって。
その考えはヒカルがきちんと思考して生まれたわけではない。
唐渡りの香のせいで分断された思考のまにまに、まるで、泡のようにぷかりと
浮かんできたのだ。
一通り事が終わり、順番が一巡すると、公卿達にも余裕が出てきたのか、
彼らはようやく、中途半端に脱がされかけた単衣を、ヒカルの体からはぎ取ろうと
した。
御簾の隙間から、秋の夜風が迷いこんでいた。
庭でコロコロと鈴を転がすように鳴く虫の調べが、男達の欲に汚れた息遣いに
混じって、ヒカルの耳に届く。
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うつぶせに大きく胸を喘がせているヒカルは、単衣の前身ごろをきつく握って
それに抗う。なおも強引に、胸元のヒカルの手を引きはがそうとした公卿は、
他の公卿に止められた。
「無理矢理というのも風情のないことよ。このままでも十分に物狂おしい様子
ではないか」
ヒカルは着衣の襟の合わせのあたりを押さえ、半身をかばうように体を丸め
ていたが、その着物の裾は、最初の立て続けの乱暴な情交のせいで、乱れ、
はだけられていた。
「河原の遊女もかくやという様よ」
太もものかなり上の方までずり上がり、グシャリとシワがよって、ヒカルの足を
夜目にさらす単衣の裾は錆びた鉄を思わせるひなびた辰砂の赤い色。
その裾からすんなりと延びる無駄な肉のついていない、白蛇のようになめらかな足。
しかも、その肝心の足の根元の方は、微妙に布に隠れていて見えそうで見えず、
そのほの暗い奥にあるだろう果実の味は、公卿達の淫靡な想像力を、なまじっか
全てを目の前にはだけられた時よりも燃え立たせたのだ。
情欲に駆られて男達は生つばをのんだ。
船遊びで、男を誘う遊女さながら。
「緋色の袴を着せれば、さそや似合うであろうよ」
赤い袴は遊び女の印だ。
一番年長の男が、誘われるように思わずといった手つきでヒカルの足に触れた。
ヒカルは丸めていた体をますます小さく縮めた。
「なんじゃ、拗ねておるのか。わしらの方が先にいい思いをしてしまったからのう。
すまんことをした」
男の手が、ヒカルの膝のあたりから、太ももを這い登り、ついに、辰砂の単衣の影に
隠された部分に忍び入った。
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