アキラとヒカル−湯煙旅情編− 15


(15)
「どっちでも好きな方に寝ていーぞ。」
しっかり密着させて敷いてある布団をずらすと、加賀は冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
「おまえも飲むか?」
アキラはすみの布団に座ってかぶりを振った。冷えたビールを一気に胃に流し込む。温泉で少しアルコールの抜けたところに新しい刺激が心地よい。
「はーっ、うめえっ。」
加賀は窓を開けて眼下に広がる空間を見た。暗闇に藁葺き屋根が浮かび上がっている、たぶん露天風呂への渡り廊下の屋根だろう。窓を閉めてアキラを見ると、相変わらず背中を向けて正座している。
「何年ぶりだろうな?おまえと会うの・・・オレはすぐわかったぞ、おまえだって。それが塔矢アキラです、なんてはじめましてみてーなご挨拶された日にゃずっこけるぜ。」
「そ、それは・・・。」
アキラは言いかけて、やめると、再び加賀に背を向けた。
「おまえ、やっぱ変わんねえな。大人しそうな顔して、丁寧語カマしてるが、怒るとあの頃のまんまだ。ぷりぷりして手がつけらんねえっつーかなんつーか。」
黙っていると空気が妙な方にいってしまいそうで加賀はひとりで喋り続けた。
「・・・ら・・・くせに。」
ボソリとアキラが呟いた。
「え?」
「ボクから・・・逃げたくせに。」
責めるようなアキラの瞳が加賀を貫いた。
逃げたと言われれば、その通りだった。抱いてしまうのが恐くて、彼から逃げたのだ。
・・・それで怒ってたのか?一瞬目が合って、アキラは再び目を背けた
「ずっとボクを避けてた・・・あの事が、あってからずっと。」
アキラの脳裏に囲碁教室のトイレでの忌まわしい出来事が蘇る。助けに来てくれて嬉しかった。それなのに、あれからずっと、加賀から避けられているような気がした。
「ボクが汚いから・・・なんだろう?」
搾り出すような声が加賀の胸を抉った。



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