ピングー 15


(15)
ヒカルの瞳が水が揺らぐように焦点を結び、緒方をその視界に入れた。
緒方は煙草を指にはさんだまま、黙って見下ろしていた。
「痛い」
小さくしわがれたようになった声が、彼の口から発せられた。
「動けない。気持ち悪い……。お腹すいた」
「シャワー浴びるか?」
「なんか、食べたい」
「後でなんか用意してやる。とりあえず、体をきれいにしとけ」
ぼうっとした視線が緒方に注がれた。
「先生……」
「なんだ」
「先生が眼鏡はずしてるとこ、初めて見た」
緒方も気付いて目のあたりに手をやっていた。そういえば、今日はまだ眼鏡をかけて
いなかった。
「――よけいな所を見てないで、はやくシャワーを浴びろ」
素顔を見られたことが妙に照れくさく、緒方は吸いかけの煙草を灰皿に投げ込むと、
ヒカルの体の下に腕を差し入れ、抱え上げる。ヒカルが悲鳴をあげるのを、
無視して浴室へと連れ込んだ。
「い、痛い痛い痛いっっ! 先生、痛いよ! 降ろしてよ!」
タイルの上に放りだす。
「何すんだよ、先生! 痛いっていってるのにっっ!」
「充分元気じゃないか」
シャワーのコックをひねると熱い湯が吹き出て、またたくまに冷えきっていた浴室が
温かい湯気に包まれた。
緒方は起き抜けに着込んだシャツとズボンを身につけたままで、それは湯にぬれて瞬く
間に重くなったが、かまわなかった。
スポンジにボディソープを大量にしみ込ませ、乱暴に湯に打たれているヒカルの背中を
ぬぐう。



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