少年サイダー、夏カシム 15


(15)
驚いて顔をあげると、ヒカルは何もかも許そうとするような、やさしい笑みを浮かべていた。それはまるで天使のような聖母のような神々しさをもっていた。
 しかしその笑顔は諦めとでもいうような寂しげな顔でもあった。
 和谷はその顔に見覚えがあった。
あれは確か、ヒカルが手合いをずっとサボっていた頃のことだ。
久しぶりに棋院に現れたヒカルは以前とは明らかに何かが違っていた。
毅然とした態度で次々と上段者から白星を奪う様は、見ていて畏怖を感じる程だった。それなのに、時折くうを見つめ、悲しげに何かを諦めたかのような顔をする。 
面倒見の良い和谷は、そんなヒカルのちょっとした仕草にすぐ気がついた。しかしなぜそんな顔をするのか、何がそうさせるのかまではわからない。
ただその顔がヒカルをひどく大人びて見せた。
いつのまにそんな表情を覚えたのだろう。和谷は目の前のヒカルがヒカルじゃないように思えた。
「おまえ、変わったよな」
和谷はボソッと言った。
ヒカルは何か見透かされてしまったのかと、不安げな表情で和谷を見る。
「大人っぽくなったっていうか、心が広くなったっていうか。・・・なんつうか、こう・・・憑き物でもとれたような変わり様だよな」
「アイツは憑き物じゃないっ!!」
突然ヒカルは大声を出した。和谷は呆然としてヒカルを見つめる。
ヒカルはしまったと口を押さえると、話題を変えるため、部屋を見回した。
するともう炭酸が抜けてぬるくなったであろう『少年サイダー』が目に入る。
「それ、もう飲めねェかな」
ヒカルは少し残念そうな顔をした。
呆然としていた和谷は、思い出したようにペットボトルを手に取った。
振っても炭酸の泡は全く出ない。もう完全にただの砂糖水になってしまったのだろう。
 「和谷、また買ってきてくれないか」
 和谷はその言葉に驚いた。それはまたここへ来てもよいという意味だ。和谷は喜んだ。けれどもヒカルへの罪悪感が消えたわけではないので、戸惑いを隠せない。
ヒカルは和谷のそんな心を知ってか、言葉を続ける。



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