Trick or Treat! 15 - 16
(15)
深刻な喧嘩を何度か繰り返した末に、緒方はやっと「アキラと一緒に暮らす」
という選択肢を思いついた。
結局自分はアキラが常に自分の手の届く所にいないと不安なのだ。
年上の兄弟子という立場にしがみついて大人ぶってみせても、
実の所はアキラが離れていくのが怖くて、置き去りにされるのが怖くて、
捨てられるのに怯えているただの情けない男なのだ。
惚れた相手に去っていかれるのを恐れる男など世の中にはいくらでもいて、
自分はその中の一人に過ぎない。
そう自分を相対化してしまうと楽になった。
渋られたら土下座してでも頼み込むつもりで緒方が提案した共同生活を、
アキラはあっさり承知した。
ただし、両親が留守中の家を管理しなければならないし訪ねてくる人々への
応対もあるから、一週間ごとに生家と緒方の部屋を行き来する。
そんな条件だったが、アキラが定期的に自分のもとで暮らすことを承諾したと
いうだけで緒方の精神は格段に安定した。
以後、アキラはまめに通ってきては緒方と共に時間を過ごし、
生家に戻る時は何やかやと自身がいない間の注意事を申し渡して帰っていく。
お守りされている、と思う。
だが見栄や意地を捨て去ってしまえばその状態は信じられないくらい心地よく、
自分たちにとってはむしろこうした状態でいるほうが自然な姿なのだと
思うようになった。
盤上の世界での優位を譲り渡す気は毛頭ないが、
それ以外の部分で、役にも立たないプライドを後生大事に守る必要など
かけらもなかったのだ。
(16)
リビングに戻ると、こちらに背を向けたアキラが
窓辺に居場所をもらった小さなカボチャをよしよしと撫でているところだった。
「気に入ったか」
「はい」
アキラは振り向いて微笑み、ぱたぱたとキッチンへ向かった。
「何か作っていたところだったのか?」
「カボチャと、きのこと、鶏肉のシチューです」
鍋を重たそうに掻き回しながらアキラが言った。
料理に関しては、緒方は酒のつまみか炒飯くらいしか作れない。
一人の時は買ってきた物と外食と出前でどうにかなっていたが、
それでは栄養が偏るからとアキラが調理器具を買い揃えて自炊を始めた。
芦原弘幸のお料理教室などと称しては月に一、二度芦原が上がり込んでいくのは
気に食わないが、家で誰かの手料理が食べられるというのはいいものだ。
自分も料理教室に参加するようにと芦原から再三勧誘されているが、この朗らかな
弟弟子に「教えてもらう」という立場になるのが何となく癪で延ばし延ばしにしている。
「・・・カボチャを入れたのか。ハロウィンだから?」
「いえ、何となく甘いものが食べたくて。緒方さん、苦手でしたか?」
「いや・・・」
鍋からもうもうと上がるシチューの湯気の中に、
甘い毒を混ぜたようなカボチャの香りが妖しく立ち込めている。
甘い菓子のような匂いを嗅ぎつけて、そろそろお化けが集まってくる頃合いだろう。
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