金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 15 - 16
(15)
しっかり酔っているじゃないか…………
アキラは小さく溜息を吐くと、ヒカルの腕を掴んだ。
「送っていくよ。和谷君の家はどこ?」
「え〜いいよ。それより、オレ、電車に乗りたい…」
電車に乗って、いったい何処へ行こうというのだ!?
ヒカルは自分の言動が怪しいだなんて、これっぽっちも思っていないようだが、どこから
どう見ても彼はおかしい。放っておくことなど出来るわけがない。
「ダメだよ!キミ、黙って出てきたんだろ?」
きっと、友人達が心配しているに違いない。そう窘めるアキラに、ヒカルはプッと、頬をふくらませた。
「黙ってじゃネエよ!ちゃんと和谷に言ってきたモン!」
「和谷君に………?」
自信たっぷりに頷くヒカルを疑わしげに見る。さっき訊いた彼の話からは、他の友人達がどういう
状態だったのかまではわからなかった。ヒカルの話は酔っているためか、まるで要領を得ないのだ。
ただ、こんな彼を平気で外へ出すくらいだから、和谷の方もまともな状態だったとは言い難い
であろうことは容易に想像できた。
ここに来るまでに、ヒカルは何度か声をかけられたと言っていた。何事もなかったから
よかったものの、もし、その相手が質のよくない奴で、ヒカルの情況に気が付いていたらと
思うとゾッとする。攫われて乱暴されていたかもしれないのだ。
いや、それよりも、外見は可愛らしい女の子でもヒカルは本当は男だ。例え、貞操の危機に
陥るようなことにはならなかったとしても、騙されたと逆上した相手に暴力を振るわれる
可能性もあったのだ。
だけど、ヒカルはそんなアキラの気持ちなどお構いなしに、しきりに「一緒に行こう」と
ねだっていた。
(16)
「やっぱりダメだ!送る!」
ヒカルの腕を掴んだまま、アキラは立ち上がった。有無を言わさぬその態度に、ヒカルは
完全に怒ってしまった。
「もういい!塔矢のケチ!オレ、一人で乗る!チカンに遭ったら、オマエのせいだからな!」
アキラを突き飛ばし、言い捨て駆け出した。
おまけに間の悪いことに、ちょうどその時、ホームに電車が入ってきた。アキラは舌打ちすると、
慌ててヒカルの後を追った。彼は酔っているとは思えないほど、軽やかな足取りで電車に向かって
駆けていく。ヒカルの華奢な太腿あたりで、スカートが翻っていた。
―――アレ?
なんだろう……この感じ…前にもあったような…………
軽い既視感を感じて、アキラは頭を振った。自分の視線の先でヒラヒラ舞うスカートに、
何故か覚えがあった。
アキラが奇妙な感覚に囚われているその隙に、ヒカルは電車に乗ってしまった。
「いけない!」
落ちかけたスピードを急いで上げた。
何とか滑り込むことができた。跳ねている息を整えるため、ドアに少しもたれるようにして
腰を落とした。俯いた視線の先に、細い足首には不似合いなガッチリとしたスニーカーが
見える。そのまま、視線を上へとずらす。ヒカルはちゃっかり自分の前に立っていて、ニッと白い歯を見せた。
ヒカルがアキラの隣へ移動して、同じようにドアにもたれ掛かった。
「怒ってるみたいだな…」
「別に…」
それはウソだ。確かに自分は怒っている。ヒカルは、アキラが絶対自分の後を追ってくると
確信していた。知っていて、ワザとあんな風に振る舞ったのだ。
――――くそっ…!この…小悪魔…
いくら酔っているとはいえ、こう振り回されては堪らない。そして、それに結局逆らうことの
出来ない自分…その事実に、彼に対する以上の怒りがあった。
|