失着点・境界編 15 - 16
(15)
「離せよ…!」
ヒカルは必死になって和谷の手を振りほどいた。すると今度は和谷はヒカルを
こちらに向かせて壁に押し付けた。
「お前が会場を出た後すぐに塔矢がお前を追って出ていったんだ。
見てたんだよ、オレ。」
ヒカルは体から力が抜けそうになった。和谷がどこまで知っているのかは
分からなかったが、誤魔化しきれない、そう思った。
俯きかけたヒカルの顔を和谷は両手で挟み上げて、自分と目を合わさせる。
「自分達が何をしているのか分かってんのか…?いずれお前の事も噂に
加えられて面白おかしく言われるぞ。」
ヒカルはハッとなって怯えた目で和谷を見つめた。
「オレはみんなに言ったりしないよ。だけど、あんな事してたらいつか
ばれる。それ、塔矢に無理矢理されたんだろ。…あいつ、頭おかしいよ。」
違う。おかしいのは塔矢だけじゃない。だがその言葉が口から出てこない。
和谷はヒカルの両肩を持って強く揺すった。
「しっかりしろよ。…変なところまで行っちゃう前に、あいつに近付くのは
もうよせよ。今日の事で良く分かっただろう。あいつは、塔矢アキラは
オレ達とは違うんだよ。」
同じ会場にいても華やかなステージの上のアキラ。本年度の本因坊戦挑戦者の
可能性として筆頭に上がっているアキラ。自分の首に噛み付き、部屋に
誘うアキラ。それらがヒカルの頭の中を駆け巡った。
「ああ、…そうか…。」
ヒカルは自分とアキラを隔てているものの正体にようやく気が付いた。
(16)
「な、オレの言っている事、分かるだろ。」
和谷はヒカルのつぶやきを同意と受けとってホッとしていた。
「…まあ、確かに塔矢って中性的って言うのか?そういう好奇心持たせる
ところがあるからな。ちょこっとクラッとなる気持ちも分かる。でも男同士で
そういうのは…」
ヒカルは和谷の首に腕をまわすと、和谷の唇に自分の唇を軽く触れさせた。
「オレは…カンベン…」
和谷はきょとんとした顔になった。
「…進藤、今何を…」
ヒカルは今度は自分の両手で和谷の顔を挟んで引き寄せ、今度は深く
和谷の唇と自分の唇を重ね合わせた。和谷が一歩後ろに下がろうとする。
ヒカルもそれに合わせて一歩進む。アキラがするようなキスを、和谷に
与えた。和谷はただ驚いたように目を見開いてヒカルの両肩を掴んで
体を引き離した。
「し、進藤…、」
ヒカルはかすかに笑みを浮かべていた。和谷は一瞬ゾクリとなった。
そしてヒカルは和谷を部屋の方へ力任せに押し戻し、隅に畳んであった布団の
上に二人で倒れこんだ。そしてもう一度和谷の体の上にのしかかるようにして
和谷の唇を吸い、舌を入れた。
「やめろよ…、進藤…!?」
唇から今度は耳へ、そして首筋にキスを這わせる。混乱しきった和谷は
何とかヒカルを押し退けようとするが、キスが再び唇に戻ると動きを止めた。
それほどにヒカルのキスは甘美で妖艶で衝撃的なものだった。
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