交際 15 - 16


(15)
 風呂から上がったヒカルを見て、アキラは思わず唾を呑み込んだ。普段の無邪気さが
表情から消え、代わりに匂うような色気があった。額や頬に張り付く濡れた髪や、ほんのりと
桜色に染まった首筋、上気した頬。気のせいか目元が潤んでいる。ヒカルから、視線が
はずせない。
 ヒカルと入れ違いに、湯をもらいに立とうとした社の動きが止まった。彼もヒカルの
姿に目を奪われて、声も出ない。
「…社?入んネエの?」
ヒカルの声に、社は夢から覚めたように頭を振ると、顔を紅くして足早に部屋を出ていった。
それでも、アキラはヒカルから目をはずせなかった。
―――――だから、泊めたくなかったんだ…
胸のモヤモヤを吐き出すように、小さく息を吐いた。

 凝視されていることに気付いたヒカルが、頬を更に紅く染めて俯いた。恥ずかしそうに
モジモジと、パジャマ代わりのパーカーの裾を弄んでいる。
「あ…あのさあ…塔矢…」
ヒカルの指先が、自分の肘に触れた。それだけで、下半身が疼いた。思わず、手を振り払おうとして、
何とかとどまった。また、誤解されると困る。
「何だい?」
「オレ、塔矢と……あの…」
ヒカルはアキラの服の袖を握ったまま、口ごもった。


(16)
 ヒカルの言いたいことはだいたい見当がつく。それは自分も望んでいることだ。しかし、
自分の部屋で一緒に寝るわけにはいかない。
 アキラは北斗杯が終わるまでは、ヒカルに触れないと決めていた。一度でも触れてしまうと、
自制が効かなくなりヒカルに無体なことをしてしまいそうだ。ヒカルが泣いても、
きっと止めることは、出来ないだろう。それは、自分にとっても、ヒカルにとっても
よくないことだ。北斗杯に向けて、碁だけに全神経を集中させたい。それより、何より
ヒカルを大事にしたいのだ。
「あのさ…」
「進藤、布団どこに敷こうか?」
アキラは、ヒカルの言葉を遮った。ヒカルは、顔を上げてアキラを見つめた。
「ここと…隣の部屋でいいかな?」
 社と同じ部屋に寝かせるわけにはいかない。彼は、ヒカルに興味を持っている。ヒカルに
手を出さないという保証はない。
 「……ここでいいよ…二部屋も使わなくてもいい…」
ヒカルはアキラから手を離した。そして、背中を向けた。大きな瞳に涙が滲んでいたのが、
チラリと見えた。

 まずい…ヒカルを泣かせるつもりはなかった。正直に自分の気持ちを告げた方が
よかったかもしれない。だけど、余計なプライドが邪魔をした。ヒカルが欲しくて、
欲しくて堪らないなんて…欲望のままメチャクチャにしたいなんて、面と向かって本人に
言えない。あのあどけない大きな瞳でキョトンと見つめられたら、恥ずかしさと罪悪感で
いっぱいになりそうだ。ああ…それより、社と同じ部屋で眠るなんてとんでも無い!
 「進藤…」
背中を向けたままのか細い肩に手を置くと、ものすごい勢いで振り払われた。
「……オレがキライになったんだろ?だったら、ハッキリ言えばいいじゃんか!」
ヒカルが言い様振り返った。涙の溜まった大きな目で睨み付けてくる。
 頬が紅潮しているのは、風呂上がりだから……というわけではなさそうだ。自分が
原因だというのに、アキラは『怒った顔も可愛いな――――』と、暢気なことを考えた。



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