黎明 15 - 16
(15)
「駄目だ。」
けれどヒカルの耳に届いたのは、その熱い身体から発せられたのだとは信じられないほどの
冷ややかな声だった。
それでもあきらめきれずに、ヒカルは僅かに自由の残された下肢でアキラの熱を刺激するよ
うに動かすと、それは頭上から発せられた冷たい声を裏切るように熱く震え、その質量を増し、
熱い涙を零した。
なぜだ。俺はおまえが欲しくて堪らないのに、おまえだって、そんなに熱くなっているくせに、
どうして俺を拒むんだ。どうして俺の求めるその熱を、俺にくれようとしないんだ。俺が一番に
欲しいのはそれなのに。おまえのそれだって、俺を欲しがって泣いてるじゃないか。熱く力強く、
俺を求めているじゃないか。それなのに、それなのにどうして。
望むものがすぐそこにあるのに、それが与えられないのが、それを奪い取ることも出来ないの
が悔しくて、背に回した手で、彼の背中に爪を立てた。その痛みに、アキラが小さな声を漏らし
た。その声は、先ほどの拒否の声とは別物のように熱く、ヒカルの耳に届いた。その熱がもっと
もっと欲しくて、ヒカルは更に爪を立てた。悔しさともどかしさのあまりヒカルの目からこぼれ落
ちた熱い涙がアキラの裸の胸を濡らした。それに応えるように、アキラの腕に力がこめられた。
更にアキラの下肢はヒカルの動きを封じ込めるように、ヒカルの下半身をも押さえ込み、抱きし
める腕の強さはますます力強く、ヒカルは息をすることさえ、困難なほどだった。
出口を封ぜられた熱が二人の身体を煽り、ぴったりと強く抱き合っている身体は、全身が熱く
燃えていた。アキラから発せられる熱い火は触れ合っている部分からじわじわとヒカルを侵食
し、その火が自分の皮膚に、身体に、頭の芯にまで熱く燃え移った事を、ヒカルは感じていた。
ヒカルはいつしか寒さを忘れていた。忘れていたことにさえ、気付かなかった。
(16)
やがて眠りについた彼に衣を着せ掛け、彼の身体を覆うように掛け物をかけ、アキラはそっと
室内を出た。それから火をおこした火鉢を持って戻り、部屋の隅に置いてから、眠っているヒカ
ルの顔を覗き込んだ。
手を伸ばして涙の跡の残る頬に触れようとしたが、突然、弾かれたように手を引き、身体の内か
らわきあがる熱を振り払うように、アキラは夜の闇に彷徨い出た。
どうしたら彼を救えるのだろう。いや、どうする事が彼を救う事になるのだろう。
いや、自分が彼を救おうと考える事自体が、傲慢な事なのではないか。
振り返りながら、アキラはこの先の道の困難さを思った。
あのように熱く激しく求められて、これからも拒み通す自信など無かった。拒むどころか、自分
の身体は、彼以上に熱く激しく、彼を求めていた。その事を彼も知っていたから、その欺瞞に気
付いて、彼は自分を責めた。
欺瞞だ。
彼のためだなんて。
それでも彼を抱くことをしないのは、なぜなのだろう。
身体だけでなく、自分という人間を、欲して欲しいから?
熱を求めるのでなく、自分自身を求めて欲しいから?
そんな自分の強欲さに、自分が抱えている、ヒカルの抱える闇に劣らぬ程の暗い闇に、アキラ
は絶望的な気分になった。
こんな闇を抱えている自分が、彼を救おうなんて、とんでもない思い上がりなのかもしれない。
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