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(15)
「…… …… え」
アキラの思考が一瞬停止する。
いつもの思考速度の百分の一くらいの速度で、芦原の言葉がアキラの脳内を巡った。
全身をだらだらと汗が流れ落ちる。
耳まで真っ赤になったアキラが次の言葉を放出するまでに要したエネルギーは甚大だった。
「な、な、なんでそーなるんですかっ!!」
体内を程よく循環し、集められたエネルギーをまともに喰らった芦原は一瞬その剣幕にたじろいだが、
続く返事はその被害を全く感じさせない、いつもの彼らしいどこか呑気で飄々としたものだった。
「だって、好きな子じゃなきゃそんなに神経質になる事でもないだろ?」
言われて一瞬面喰らう。
「あんまり無防備に他人に近付くから心配、とか、時々自分が傍にいるのに
どこか遠い所を見てるのが気になるとかさー、それって単なる嫉妬じゃないか」
芦原は自分と『その相手』がつき合っているものだと決め込んでいるようだったが、
今のアキラにそんな事を訂正している余裕はなかった。
「で、でも自分にも無防備に近付いてくるんですってば!」
必死の反撃虚しく、芦原はアキラにとどめの一撃を刺した。
「それはアレだろ? お前、自分を制御する自信がないんだよ」
自分の中で何かが崩れ落ちるような音をアキラは聞いた気がする。
いやーお前がそんな男の悩みを持つようになるなんてなー、で、その相手の子はどんな子なんだ?
等と嬉しそうに話す芦原に、今更「相手は進藤です」などと言える訳はなかった。
冗談が冗談で済まされないのは、図星だからだ。
初めから『その人』等と抽象的に言わずに、せめて『彼』にしておけば
こんな地雷を踏まずに済んだかも知れなかったのに、と思ってみても時既に遅し。
若いって良いなぁ、と連発する(本人もまだ若いはずの)芦原を恨めしく思った。
(16)
そうだ、認めたくはないがボクは進藤が好きだ。
多分、異性を好きになるのと同じように。
解っていたんだ、本当は。認めたくないだけで。
刹那、アキラは鋭い痛みを感じた。
アイスピックが左手の甲を傷付けて、そこから血が滲んでいる。
「本当にバカだな、ボクは……」
血が出るのも構わず、強く手を握り締めた。
客間に戻り、ヒカルの頭を軽く持ち上げ、氷枕を敷く。
先程より息が荒くなっているのが気になった。
外に出ていたヒカルの腕を布団の中に戻していると、呼び鈴が鳴った。
その時まですっかり忘れていたのだが、アキラは家に着いてすぐに、
小さい頃から掛り付けになっている医師に往診を頼んでいたのだった。
「解熱剤を打っておきましたから、すぐに良くなりますよ。
少し疲れているようだからゆっくり休ませてあげると良いでしょう」
「ありがとうございました」
「また、何かあったらすぐに呼んで下さい」
年輩の人好きのする医師は皺だらけの顔を一層くしゃくしゃに歪めて微笑む。
その医師には幼い頃からお世話になっている所為か、
両親が不在になってる事が増えた最近はよく気に掛けて貰っていた。
玄関まで医師を見送るとその足で洗面所に水を汲みに行く。
適度な大きさのタオルを見つけて水を溜めた洗面器に浸し、それをヒカルの額に当ててやると、
ヒカルが僅かに身じろぎした。
瞬間柔らかい髪が、手に掛かり、思わずアキラは手を引っ込めた。
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