カルピス・パーティー 15 - 18
(15)
見慣れたアキラの白い肌の上に、見覚えのない斑点のような跡がたくさん付いていた。
跡は、アキラの胸の突起と同じ綺麗な薄い赤色をしたものから消えかかってうっすらと
ココアの泡のような茶色がかった染みを残すのみとなったものまで様々だったが、
それらが薄い皮膚に覆われた鎖骨の辺りから普段は衣服で見えない二の腕、胸や脇腹まで
散らばっている。
ヒカルの心臓がドクンと締め付けられた。
「これ・・・」
「え?」
アキラは切なげに目を閉じたまま、乱れた呼吸のついでに洩れたような声で問い返したが、
しばらく待ってもヒカルから何の答えも返って来ないとねだるように腰を浮かせ、
まだ一つも脱がされていない下半身の衣服のウエスト部分に手を掛けて引っ張る仕草をした。
「進藤・・・しんど・・・はやく・・・っ」
「てゆーか、ちょっと待てよ。これ、何だよ。オマエの」
「え・・・?」
薄く瞼を開けたアキラの、濡れて光る睫毛の向こうで、潤んだ黒い目が不思議そうに
揺れている。
ヒカルは人差し指を伸ばし、アキラの胸の辺りを指して触れた。
その刺激一つにもアキラの体は跳ね上がり、胸の突起が目に見えてピンと立ち上がる。
それを無視してヒカルは言った。
「オマエの体の、これだよ。これ、虫刺されとかじゃねェだろ」
「え。・・・ああ、これ?」
やっと合点がいった様子でアキラは自分の身体の上に手を遣り、ハッハッと小さく息を
乱しながら少し首を持ち上げて覗き込むようにした。
(16)
「これは、大阪に行ってきた時のだよ」
「大阪・・・てことは、・・・社の」
「うん」
アッサリ答えるとアキラはまた頭をフローリングの上に戻し、すぐに続きが再開される
のを期待するように体の力を抜き目を閉じた。
だがヒカルはそろそろと、アキラの胸の皮膚に触れていた人差し指を引っ込めた。
「・・・・・・。進藤?」
漸く異変に気づいたのかアキラが目を開けこちらを見る。
「進藤、・・・もしかしてこれ、嫌だった?」
「・・・・・・」
ヒカルは答えなかった。アキラの肌に散らばった内出血の跡から目が離せない。
顔面に痛みを感じるほど、表情が強張っていくのが自分でわかる。
恐る恐るヒカルは聞いた。
「これ・・・これさぁ、他のとこもこうなってるの」
「うん」
「見せて」
一糸纏わぬ姿になったアキラの身体の隅々に、その印は残されていた。
いつもヒカルが抱いている真っ直ぐな白い脚も、たくさんの跡でその白さを汚されていた。
脚を開かせてみないと分からない、内腿のかなり際どい部分にまで複数の跡が鮮やかに
散っているのを見てヒカルは頭が大きな槌か何かで殴られているようにガンガンしてきた。
「オマエ、こっち帰ってきたのいつだっけ」
「三日前だよ」
「こういう跡ってそんなに何日も、こんなはっきり残るもんなの。オレ何回かオマエに
つけた事あるけど、すぐ消えちゃったじゃん」
「そ・・・れは、場合によるよ」
アキラの声が、何故か動揺するように少し上擦った。
ヒカルの視線を避けるようにアキラが顔を逸らしたのを、しかしヒカルは見ていなかった。
(17)
(じゃ、社にはすげェ強く吸われたってことか・・・?)
それ以上にヒカルにショックを与えたのはその跡がアキラの身体全体に散っていることと、
その数の多さだった。
ヒカルもたまにはアキラにそうした跡を付けることはあったが、それはだいたいアキラを
背後から突く時にちょうどキスしやすい位置にある首筋か肩口の定位置と決まっていた。
今ヒカルが見ている社の跡は、愛撫の延長というより己の痕跡を残すことそのものが
目的のような念入りさで、点々とアキラの肌を侵している。
その一つ一つの跡が刻み込まれた時の状況を想像して、ヒカルはカァッと頭に血が昇る
のを感じた。
フローリングの上に横たわるアキラが白い指の甲でヒカルの膝に触れながら、気を遣う
ように言った。
「進藤。・・・進藤。キミの気分を害したなら、すまなかった」
「・・・・・・」
「・・・でもキミにも言ってあったよね?ボクはキミ以外にも・・・」
「ヤる相手がたくさんいるってな。知ってたよ。でも・・・でもさぁ、なんでオマエこんな
他のヤツの跡いっぱい付けたまま、平気でオレのとこ来れるんだよ。オマエ、オレが具合
悪いんじゃないかとか手合い休んだのはどうしてだとか、そーいう事はうるせェくらい
心配するくせに、なんでこういう時はちっともオレの気持ちとか、考えてくれねェん
だよ・・・オレは、オレはさ、」
――オマエのこと、好きなんだぞ。
そんな言葉が心に浮かんで驚いた。
(18)
(違う)
アキラが、自分を、好きなのだ。
アキラが自分を必要としているから、自分はアキラの側にいるのだ。
そうしてアキラが自分を追うあの熱い眼差しを感じ、アキラを抱いてその温かな肌を
感じる時だけ、ヒカルはどうしようもない寂しさから解放され、過去の悲しみを全部
肯定することができる。
抜け殻になるくらい泣いたことも、優しい友人を自分が傷つけてしまっただろうことも、
全て物事が前に進んでいくために必要なことだったのだと、
不思議な出会いの瞬間から全ての出来事は、自分が今アキラと共にあるために用意された
ことだったのだと、そう思える。
それなのに――
もう一度アキラの身体中に残る社の跡を眺め、体の奥底から理不尽な怒りが込み上げて
くるのを感じたヒカルは、まだ物欲しげにピンと尖り立っているアキラの胸の突起を
ぎゅっと抓り上げた。ここにだって、オレがさっきあんなに優しくしてやったのに――
あ、とアキラが身を竦ませる。
「し・・・しんど・・・う、やめ・・・っ!痛いよ・・・っ!」
白い手がぶるぶると震えて、懇願するようにヒカルの手に添えられる。
「オレはもう触ってないのに、男のくせに、ずっと乳首立てたまんまでさ。そんなに
エロい事が頭から離れないのかよ。こっちだってさっきからずっと、トロトロだよな」
と、アキラの股間のモノに舐めるような視線を移してやると、それだけでそこがビクンと
反応する。それが気に入らなくて、またぎりっと突起を抓り上げる。
「痛っ、痛い、痛い、進藤」
「ふーん、痛いのか。でも他のヤツの跡がいっぱい付いたオマエに優しく触ってやる
義理なんてオレにはないぜ?こんなの見せられた後でも、オレがオマエに優しくして
やるとでも思ってた?・・・冗談じゃねェ。楽になりたいなら、自分でしろよ」
手を離しヒカルが突き放すような低い声で言うと、アキラがはっと目を開いた。
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