平安幻想異聞録-異聞- 151 - 155
(151)
「これは、これは…たまらん…」
「小将殿、独り占め召されるな」
「うむ、貴殿は、我らにここでただ眺めていよと申すのか」
「おう、それは…すまぬことをした…つい夢中になって…気づかなんだわ」
ヒカルの上にのしかかっていたその男が、ヒカルを抱きかかえるように身
を起こした。
腰の上に少年の体を載せたまま、あぐらに座る。
そして、その肉棒でヒカルを貫いたまま、器用に腕と足を使って、向かい
合っていたヒカルの体を正面に向けてしまった。ヒカルが大きく息吸い込むように
喘いで、顔を天に向けた。背面座位の体勢。
中に男の熱芯を収めたまま、それをやられたヒカルはたまったものではなかった。
指一本でも押し上げらられしまう体は、より太い男の剛直を迎え入れて、さらに
過敏になっていた。そこへ、より深く男のものを串刺され、抱き上げられて体勢を
変えられたのだ。無理なその動きは、ヒカルの感じやすくなった内壁をこれでもか
という強さで抉った。達してしまいこそしなかったもののほとんど苦痛に近い
快楽に、悲鳴も上げられなかったというのが本当の所だ。
「さあ、各々方も、お好きに召されい」
男の言葉に、残りの公卿は一人はヒカルの腕を取り、一人はヒカルの足を
取った。
その夜、座間邸では月が山の端に隠れるまで、検非違使の少年のむせび泣く声が、
秋を告げる虫の音に溶けるように聞こえていた。
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次の朝、ヒカルが目覚めたとき、既にあの公卿達の姿はなかった。
人目をはばかって、朝日の昇らないうちに帰ったのだ。
首を曲げて自分の腕を見た。精液で汚れていたので、布団でぬぐった。
指貫袴を履いているせいで普段日光にあたらない下肢に比べて、時には
たすき掛けに肩まで日にさらす腕は、適度に日に焼けていた。
自分の右手は太刀を取るために、左手は弓幹を握るためにあるのに、今はどうだろう。
ここしばらく、太刀の柄も握らず、弓も引いていない。
御簾が揺れて朝の光りが漏れ入った。
見慣れた侍女が顔を出す。
そしてその後ろからついてきた、座間と菅原の姿に、ヒカルは激昂した。
「つつがなく、『おもてなし』も済んだようだのう」
「座間、てめぇ…!」
声がかすれた。だが、腰の鈍痛もかまわないほどの勢いで、ヒカルは座間に
殴りかかっていた。
それを菅原と侍女が羽交い締めにして静止する。
振りほどこうとしたが、存外に強い力で引き止められる。
「これ、座間様に無礼を働くでないぞ」
「どういうことだよ!」
「どういうことも何も、検非違使殿もゆうべは随分とお楽しみだったようでは
ないか。良い声が儂の閨まで聞こえてきたわい」
ヒカルは拳を握りしめた。
こんなのはあんまりだ。座間や菅原に玩ばれるだけなら、まだ耐えようも
あったのだ。それがどんな状況であろうと「座間のものになる」と約束したのは
自分なのだから。
いくら辛い目に遭おうが、それは自らが選択した道だった。
だが、これは。こんな遊女のように身柄を売り買いされ、顔も知らぬ男に
いいようにされ、嬲られるなんてあんまりだ。
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乱れた金茶の髪の間を縫って、睨み上げるヒカルの視線を受け流して、座間が扇
をひらいて口元を隠して嘲笑うように言った。
「次も大事なお客様の予定じゃ。滞りなく『御接待』申し上げるのじゃぞ。
近衛ヒカル」
その言葉に、ヒカルの体から力が抜ける。
(「次」ってなんだよ)
今夜も、あんなことがあるんだろうか?
実はこの時、ヒカルは初めて座間にまともに名前を呼ばれたことに、後で思い
返して気付いたが、この時はその言葉の衝撃の方が強かった。
座間がきびすを返し、渡殿の向こうへ姿を消す。菅原もヒカルを押さえてい
た手を放して後に続いた。ヒカルはそのまま床の上に、力なく座り込んだ。
侍女がいつもと変わらぬ仕草で黙って着替えを差し出す。
汚れた体を侍女に拭われながら、ヒカルは、ここに来て初めて、夜が来るの
が怖い、と思った。
例え、どんなに避けたくても、時というのは無情に流れやがて日が落ちる。
ヒカルは今日も、嫌なかんじのする下半身のかったるさを引きずったまま、座間と
ともに出仕し、またこの屋敷に戻ってきてしまった。
帰ってきたときには既に部屋にはあの、香の匂いが垂れ込め、昨晩と同じように
菅原と座間に強引に頤を押さえつけられて、胃に薬を流し込まれる。薬は鼻の奥
をちくちく刺すような妙な匂いが微かにした。
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たった一人、部屋の中に捨てられたように残される。
じわりと、体が熱を持ちだす。足や手の先の感覚がボウっとして、
じっとしていると、まるでもう一人の自分がいてその手足を眺めているような
奇妙な幻覚に襲われた。
キシキシと渡り廊下が踏まれる音がして、誰かがこの部屋に近づいているのが
わかった。
上げられた御簾の向こうに、暗い夜空が見えた。薄い雲の向こうに隠れて、
月がその位置だけを主張するかのように、雲の色を黄色に染めていた。
部屋の入り口に、侍女に連れられてきた男が膝を突いて座ったのがわかった。
月の光りのちょうど逆光の位置になってしまい、顔はよくわからない。
しかし、今夜はその男、唯ひとりだった。
ヒカルは、壁によりかかるようにしていた体を起こして座り直した。
思い通りにならない体をぎこちなく動かし、なんとか綺麗な姿勢に座り直す。
座間の言う『大事な客』がどんな者であろうと、あまりにみっともない姿は
さらしたくなかった。
月を覆う雲が厚くなり、外界からの光りが届きにくくなったせいで、ようやく
ヒカルにも、室内の灯明の明りに照らし出されるその男の顔が確認出来た。
意外にも知らない男ではなかった。
ヒカルは信じられない思いでその顔を見つめた。
ヒカルの前に座るその若い公達。
その男は、伊角信輔だったのだ。
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薄手の織物で仕立てられた藍の直衣を身にまとったその男は、
朧月を背に、そつなく整った顔をヒカルの方に向けていた。
口が乾いて、言葉を発するために唇を引きはがすのに苦労してしまった。
「伊角さん…」
これが定められた業だとかいうものなら、神様はひどく性格が悪いに違いない。
伊角信輔は、内裏に綺羅星のごとくその存在を輝かせる殿上人の中でも、ヒカル
が信用することの出来る数少ない人物の一人だったのだ。
「何しにきたんだよ」
言葉には、自然と刺ができた。
「何って、おまえに会いに来たんだよ、近衛」
平素と変わらない、ヒカルのよく見知った伊角信輔の柔和な笑顔。
「それにしても、趣味の悪い香の匂いだ。あ、いや、すまない。
近衛が好きなのか? これ」
「ううん、全然」
「そうか、座間殿の趣味なのかな。ちょっと失礼する」
言って立ち上がると、伊角は御簾を自分で半分まであげ、扇を開いて、はたはたと
部屋にこもる空気を外にはたきだす仕草を始める。
少々毒気を抜かれて、ヒカルはその様子を眺めていた。
昨日の男達と同様、彼はヒカルを――抱きに来たのではないのだろうか?
乾いた秋の夜の空気を部屋の中に導き入れて満足した様子で、伊角はヒカル
に笑いかけた。
「なかなかいい部屋じゃないか。調度品も少ないし、随分そっけなくはあるけれどな」
「部屋のことはいいよ。なんで、ここに伊角さんがいるんだよ?」
火のつきかけた体に、秋の夜気は余計に冷たく感じられた。だが香と薬の効果に、
油断すればすぐに取り留めもなく流れていってしまいそうな思考を、その冷たさが
つなぎ止めた。
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