平安幻想異聞録-異聞- 154


(154)
たった一人、部屋の中に捨てられたように残される。
じわりと、体が熱を持ちだす。足や手の先の感覚がボウっとして、
じっとしていると、まるでもう一人の自分がいてその手足を眺めているような
奇妙な幻覚に襲われた。
キシキシと渡り廊下が踏まれる音がして、誰かがこの部屋に近づいているのが
わかった。
上げられた御簾の向こうに、暗い夜空が見えた。薄い雲の向こうに隠れて、
月がその位置だけを主張するかのように、雲の色を黄色に染めていた。
部屋の入り口に、侍女に連れられてきた男が膝を突いて座ったのがわかった。
月の光りのちょうど逆光の位置になってしまい、顔はよくわからない。
しかし、今夜はその男、唯ひとりだった。
ヒカルは、壁によりかかるようにしていた体を起こして座り直した。
思い通りにならない体をぎこちなく動かし、なんとか綺麗な姿勢に座り直す。
座間の言う『大事な客』がどんな者であろうと、あまりにみっともない姿は
さらしたくなかった。
月を覆う雲が厚くなり、外界からの光りが届きにくくなったせいで、ようやく
ヒカルにも、室内の灯明の明りに照らし出されるその男の顔が確認出来た。
意外にも知らない男ではなかった。
ヒカルは信じられない思いでその顔を見つめた。
ヒカルの前に座るその若い公達。
その男は、伊角信輔だったのだ。



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