裏階段 ヒカル編 156 - 160


(156)
進藤の背を壁に押し付けるかたちで、反射的に俯こうとする彼の顔を重ねた唇で
押し上げるようにしてキスを続けた。
進藤の唇は薄く小さくて、繊細な甘さと柔らかさを持っていた。
その感触にオレは酔った。
だがそっと顔を離すと進藤は意外に冷静な様子で、冷ややかに怒りを込めた目で
オレを斜に見上げていた。
その表情を見た時、ヒヤリとした後悔がオレの背中を走った。

「…ウソだろ…」
口元を歪め、ほとんど聞き取れないくらいの小さな声で呟く。
「頭どうかしてるよ…緒方先生……」
その進藤の顎を捕らえて上に向けさる。
暴れるわけでもなく、大声を出すわけでもない。
抵抗こそしないが、眉を顰めた苦々しい表情で進藤が嫌悪感を露にしているのがわかった。
「…腹が立つのなら、この部屋を出た後で棋院会館にでも警察にでも行けばいい。オレに
された事を話せばいい。それでオレは終わりだ。お前はオレを社会的に抹殺出来る」
すると進藤が「プッ」と吹き出すように笑った。
「バッカバカしい。キスくらいで」


(157)
そう言って両肩をオレに掴まれた状態で当てつけるようにそで口で自分の口をゴシゴシと擦り、
嘲るような目付きで再びオレを見上げる。
ひどくバカにされたような気分になった。
「…キス以上のことをしてもいいんだぞ」
腹立たしさを抑えた声で伝えると進藤がクスクス笑い出した。
「へえ、キス以上のこと、…って何?…セックスってこと?」
「…面白いじゃん。緒方先生ってそういう趣味だったんだ…意外…」
小馬鹿にしたような薄笑いが張り付いた進藤の唇を再度塞ぐ。
深く重ね合わせて今度は強引に舌を中に突き入れて内部を探り、彼の舌を捕らえる。
「んん…っ!!」
先刻までのものと違うあまりの激しさに多少は動揺したのか、進藤は首を振って両手で
オレの衣服を掴んで逃れようとする。
その進藤の両手首を掴んで壁に押し付け締め上げる。喉の奥で進藤が低く呻く。
そのまま細い肩と後頭部を抱え込むようにして、時間を掛けて荒々しく進藤の唇を吸い続ける。
そうしながら指先を彼のシャツの中に滑り込ませて、直接温かいその肌を弄った。
「んん…ッ!」
脱力するように進藤の体が壁にそって崩れ、床に座り込む。
そのままもつれあうようにして床に彼の小柄な体を組み敷く。
彼の唇を離し、耳元から首筋を吸い刻印を刻み付けて行く。
そうしながら指先で彼の体のあらゆる部分に触れていった。


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「…やっ、…ん…!!」
指が移動する度に進藤は小さく悲鳴を吐き、ビクリと身を震わした。
その全身の皮膚の表面が粟立っていくのがはっきりわかる。
唇と同様に彼の骨格は繊細で、少し力を込めれば砕けてしまいそうだった。
そしてオレの手が彼のズボンのベルトを外し、ボタンを外してその中へと侵入させた。
彼自身の先端を指先が掠めた。
「やめて…っ!!」
腰を捩り、一際大きな悲鳴があがった。
涙混じりの悲痛な声にオレは手を止めた。
挑発的な言葉や態度とは裏腹にズボンの中の彼自身はあまりの幼さく、恐怖ですっかり
畏縮してしまっていた。
体を浮かせて進藤の顔を見下ろすと、紅潮し荒い吐息を繰り返しながら彼の両目から
涙が溢れ出ていた。
ドクンドクンと彼の心音がはっきり聞こえそうな程大きく脈打ち、緊張ですっかり表情が
強張ってしまっていた。
進藤の下腹部から手を抜き取り、彼の涙を指で拭ってそっと髪を撫でる。


(159)
「…泣くくらいなら、あんな挑発的な態度をとるんじゃない」
彼の頭を抱いて服の上から彼の腕や背を宥めるようにゆっくり擦った。
しばらくは小刻みに全身を震わせていた進藤だったが、ため息をつくと少しずつ
緊張を解いていった。
「…ごめん…なさい…」
謝りながらも新たに両目から涙が溢れだして彼の頬を伝い流れる。
「…オレも悪かった…もう何もしないから怖がらないでくれ…」
そうして自分と進藤の体を床から起き上がらせようとした。
その時、ゆっくりと進藤の両手がオレの体に差し出された。

床に仰向けの無防備な姿で、小さな子供が抱っこをねだるような仕種だった。
その脇のしたから腕を入れて進藤の体を起こしそのまま抱き締める。
彼の鼓動がゆっくりと落ち着くまでそうしていた。

「…緒方先生は、怖くないよ」
弱々しい声で耳元でそう囁く。


(160)
「…ホントはちょっと怖いと思ってた。冷血で乱暴で…」
「…オイ」
「だけど、悪い人じゃないんだろうなってわかってた…何となくだけど。…ううん、
…本当はすごく優しいんだね。今だって…」
「……」
反応に困ると言うのはこういう事態を指すのだろう。
どう言葉を返せばいいのかわからないまま黙って独り言のような進藤の言葉を聞いていた。
進藤はオレの胸に顔を埋め、全体重を預けるようにしてきた。
「…バカなのは、オレなんだ…」
言葉が途切れて小さく彼の肩が震えだした。
声を押し殺して泣いているのだろう。
万華鏡のように刻々と言葉と態度が翻る進藤に対処しきれず戸惑う自分がいる。
オレでもこれだけ混乱するのだからアキラは相当進藤には引きずられ翻弄されたに違いない。
そうしてこいつから離れられなくなっていく。
この厄介な魔性の持ち主に、誰もが惹き込まれ気持ちが離せなくなっていった――。



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