平安幻想異聞録-異聞- 158


(158)
直衣の下に辛子色の単衣を着込んでいた伊角は、その単衣の袖口の縫い目を、
糸切り歯を使って切ってほどく。その部分だけ、布が二重になっていた。
そして、その布の間から取りだされたのは、一枚の紙の札。墨で何か
文字が書いてある。その文字をどこかで見たことがあると少し考えて、
思い当たった。ヒカルの太ももに刻み混まれた、あの「印」の形に似ているのだ。
「伊角さん、これ?」
「賀茂からの伝言だ。これを敷物の下とか調度品の後ろとか、とにかく座間邸の
 人間に見つからないところに隠しておいて欲しいそうだ。なんでも……」
手の中のそれをヒカルに渡しながら、伊角は声を低く小さくした。
「この札があれば、賀茂の式神は座間邸に張られた結界を抜けることが
 できるのだと、式神を使って近衛と連絡を取ることができるのだと言っていた」
ヒカルは伊角の顔を凝視しながら、言われたことの意味を反芻した。
式神が、結界を抜けられる?
賀茂や佐為と連絡が取れる?
思ってもみなかった伊角の差し入れに、ヒカルは胸が詰まって何の言葉も
返せない。
大きな瞳で、穴があくほど自分を見つめているヒカルに苦笑しながら、
伊角が続けた。
「だが、これを座間邸の結界の中にいるお前に手渡すの、まずは人でなければ
 ならなかった。佐為殿や賀茂が、座間にお前との面会を申し込んだ所で、
 慇懃無礼に断られるのがオチだろう? だから俺に白羽の矢があたったのさ。
 近衛や佐為殿にはいろいろ借りもあるしね」



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