平安幻想異聞録-異聞- 159 - 164
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ヒカルは、なぜ伊角がここに来たのかわかった。賀茂アキラがなぜ、
これの役目を伊角に託したのか。
伊角は良家の生まれだ。勉学武術もよくし、次世代の若手の出世頭として、
内裏にその勢力を広げる有力貴族達に、自分たちの派閥にこそ引き入れようと、
手ぐすね引いて狙われるるほどの人物だった。
その伊角が、半年程前、ある事件に巻き込まれた。それには、縁あってヒカルも
おおいに関わることになり…というよりこの事件において、ヒカルが伊角の
面倒見役と言っても過言ではなかったのだが、伊角はこの事件以降、変わった。
それまで、彼がどこの派閥にも与しなかったのは、その生まれながらともいえ
る優柔不断のせいであり、それゆえ、かの御仁はどこのお人の足元に下るのかと、
各派閥の貴族らがその動向に一喜一憂ていたものだったが、半年前のその桜の
季節以降、伊角はどっちともつかないその態度をすっぱりと切り捨てた。
だからといって、誰かの派閥についたというわけでもなく、大貴族達を驚かし
たのは、彼が積極的に「無派閥」であることを自分の意思として表し始めた
ことであった。
権力の為の政治ではなく、民の為、真に国を治めるための政治を。
貴族達が自分の名を飾り立てるための官位ではなく、真に国を平らかにする者に
与えられる名としての官位を。
一部の貴族達の神経を逆撫でしかねないその態度に、伊角の両親も驚いて彼を
いさめたというが、あの温和で知られる伊角が、その両親と三日も口論した揚げ句、
その態度を曲げなかったというのだから、決意の程が知れる。
そして、その伊角のまっすぐな態度は、昔ながらの公卿達に眉をひそめられる一方、
親や親族の血肉を削るような権力闘争を見て育った若い公達たちの、圧倒的な支持を
集めた。伊角の周りにはいつの間にか、彼の意思に賛同し、若者らしい理想に
燃える若年の貴族達が集まり、皮肉にもそれは「無派閥」を唱える伊角を中心に
「伊角派」と呼ばれる一大派閥を形成してしまったのである。
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「伊角派」の中には、門脇、和谷といった有力貴族の子弟、また勉学に
秀でた者も多く、内裏の覇権を狙う大貴族達にとっては、ぜひともよしみを
結んでおきたい、注目の新興勢力であった。
ましてや、このところ藤原行洋一派に圧され気味の座間としては、伊角派の
力は喉から手が出るほど欲しいものに違いない。
だから、賀茂アキラはこの「使い」に伊角を選んだのだ。
他の貴族ならいざ知らず、座間は絶対に伊角の申し出を断らない。
それどころか、ヒカルの身柄を差し出すくらいのことで、この若い公達と縁が
出来る(しかも運よくすれば弱みを握ることにもなる)のならば、二つ返事で
了承したに違いない。
ただ、その伊角に使いを頼んだであろう賀茂も、さすがに自分がここで、
そうして引きあわされた有力貴族相手にどんな接待をさせられているかなど、
想像外ではあるだろうけど。
そして、もうひとつ言うなら、伊角がここまで健全な思考の持ち主であることは、
座間には予想外だったのだ。
ヒカルは少しおかしくなった。座間にも思い通りにならないことはある。
「伊角さん、座間…様になんて言って、俺に会わせてもらったんだよ。その時
本当に、あいつに何も、交換条件のひとつも出されなかった?」
「実を言うとな、明日の評決の際に、座間殿の提案を支持する意見を出して
欲しいと言われた。今後ともよろしくみたいな事もな」
「やっぱり…。で、伊角さんはどう答えたの?」
「今夜の首尾しだいです…と」
どうとでも取れる上手い答え方だった。
「で、どうするんだよ」
「どうもしないさ、明日の議事では俺が思った通りのこと、国のためにいいと
思う意見を奏上するだけさ」
「座間の奴、悔しがるだろうなぁ」
「これでも俺は、内裏の貴族らしく、ずるく立ち回ることを覚えたんだよ」
伊角は人の悪い笑顔を作って見せた。ただ、それは本当に「作って見せた」と
いった感じで、ぜんぜん堂にいってなかったけれど。
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どうなるかという緊張から解き放たれて、ヒカルはようやくきちんと座って
いた足を崩した。
そのとたん、覚えのある眩暈に教われた。
心臓の鼓動が速い。その音が耳の中で反響するほどに大きくなってくる。
香の匂いは伊角が追いだしてくれたが、それまでに体の内に入れてしまった香の
効果と、無理に飲まされた薬の効果は消えてしまったわけではないのだ。
つい今までは緊張感と、伊角が導き入れてくれた新鮮な外の空気のせいで
押さえられていたが、気が抜けたら、それらが反撃するように体中を襲ってきた。
急に黙り込んで、下を向いてしまったヒカルの顔を、伊角が心配そうに
のぞき込んだ。
「どうしたんだ? なんだか顔が赤いぞ。本当に具合が悪いんじゃないのか?
人を呼んだ方が…」
「いい!」
いたわるように、頬に添えられた伊角の手を、ヒカルは勢い良く振り払っていた。
驚く伊角に、ヒカルは我に返って言いわけをする。だめだ。このままじゃ。
早く帰って貰わないと。
「ちょっと、風邪気味なんだよ。薬は貰って飲んでるから…。大丈夫だから、
伊角さんも、移されないうちに早く帰った方がいいよ」
言う間にも、呼吸が速くなり、体中が高い熱に満たされていくのがわかった。
「近衛…」
「いいから、帰ってくれよ!」
「わかった。賀茂からの預かり物は確かに渡したからな」
ヒカルの態度の豹変振りにとまどいながら、伊角は立ち上がる。
その際、伊角が直衣の裾をさばく衣摺れの音が、床を向いて目を閉じている
ヒカルの耳にやけに大きく響いた。
「じゃあ、近衛、体には気をつけろよ」
その声に、ヒカルは目を開いて、自分に背を向ける伊角の姿を見た。
視界がゆがんだ。
自分が何をしているのかわからなくなっていた。
気がついたら、手を伸ばして、立ち去ろうとする伊角の着物の裾を
掴んでいた。
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伊角は足を止めて、自分の指貫の裾とヒカルの顔を何度か見比べ、
それから、その裾を握る手を丁寧にほどくと、体ごと振り返って膝をつき、
ヒカルの体を支えた。
「平気か? 近衛」
ヒカルは黙って首を横に振った。どうしたらいいか判らないと言うふうに
伊角が目を彷徨わす。
「……苦しい……」
小さな声でヒカルがつぶやく。
この体の熱は、とにかく一度、中に男を迎え入れて、摺り上げられなければ
収まらない。ヒカルは経験でそれを知っていた。
荒い息をつきながら、伊角の胸にしなだれかかる。そして、間近から伊角の
顔を見上げる。
「お願い、伊角さん、楽にして」
伊角はヒカルの顔を見下ろした。そして、その瞳の奥に落ちる濃い情欲の影に、
遅まきながらようやっと、ヒカルの言う「趣味の悪い薬」の正体に思い当たった。
伊角の愛撫は、彼の人格をそのままうつしとったような、生真面目で、
たどたどしいものだった。ほとんど女とも寝たことがなかったのかもしれない。
それでも、伊角が知ってる知識を総動員して、ヒカルを楽にするために、
体の隅々まで丁寧に前戯を施してくれているのが、ヒカルにもわかった。
入ってくるときにも、伊角はなんとも律義にヒカルの顔を見て問い掛ける。
「いいのか?」
「うん。…きて」
時間をかけてほどかされたそこに、伊角の固いものが侵入してくる。
伊角のそれに奥を突かれて、ヒカルが小さく声をあげた。
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中で伊角が、恐る恐るといった感じに動き出す。
「……っ……伊角さん……」
「なんだ?」
「もう、…ちょっと上……っ…はんっっ!」
まさに一番の急所を突き上げられてヒカルが、大きく喘ぐ。
そろそろ勝手もわかってきたらしい伊角が、その場所を狙うようにして、
何度も自らの尖端を圧し当ててきた。
ヒカルは徐々に伊角から与えられる快さの波に身を任せてゆく。
「あっ…あっ…あっ……あっん……あ…」
伊角のものが良い所を突き上げるたび、ヒカルが細い喘ぎ声をあげながら、
秘門の入り口をキュッキュッと締めつけてくる。
いつのまにか、二人とも、快楽を追うことに夢中になっていた。
伊角の突き上げる動きが少し緩む。
不審に思ったヒカルが閉じていた目を開けて伊角を見ると、彼は困った
ような顔をして問い掛けてきた。
「その…中で、いいのか」
そのなんともいえない朴訥な問いに、ヒカルはふわりと胸のあたりが
暖かくなり、なんだか微笑ましいような気分にさせられる。
「うん、…いいよ」
ヒカルの応えを聞くと、伊角の動きが再び激しくなり、それに合わせて
ヒカルの声も自然高くなる。
やがて、自分の腸壁に、熱い脈動が打ち付けられ、濡らされるのを感じると、
自分の中に溜まっていた熱いものも同時に吐き出す。
上の伊角の体の力がぬけて、ヒカルの上に倒れ掛かってきた。
だが、ヒカルの中はまだ熱く火照って、伊角を締めつけている。
「まだ…?」
問う伊角にヒカルは小さく頷いた。「趣味の悪い薬」の効果は、思いのほか
強いものであるらしいと悟り、伊角があらためて、ヒカルの腰を抱きしめ直した。
「伊角さん…」
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ヒカルが伊角の首に手を回し、そっと顔を近づけてくる。
口付けを求められているのだとわかって、伊角は自分の唇をヒカルの
それにゆっくりと重ねた。
ヒカルが今まで自ら唇を許したのは、たったの二人。佐為と、自分だけなのだと
いう事など、伊角は知らない。
お互いの口腔内を探り合ううちに、ふたたび昂ぶってきた伊角のモノが、
ゆるりとヒカルの中で動き出す。
結局、伊角に二回、中に出されて、ようやくヒカルの体の熱はおさまった。
「大丈夫か」
なんの変哲もない言葉がヒカルの心にしみた。
伊角は添い寝しながら、彼らしいどこか遠慮がちな仕草で、ヒカルの髪を
すいて、撫でてくれている。
こんな風に優しくされたのは久しぶりに思えた。
「ごめんね、伊角さん。こんなことさせて…」
ヒカルは真剣な目をしていた。
「オレのこと、嫌いになった?」
「馬鹿を言うな」
暖かい手が、ヒカルの頭を抱き寄せた。
「この事、佐為殿や賀茂は知っているのか?」
「あいつらには言わないで欲しい。絶対」
「……わかった」
しばらくして、ヒカルが完全に落ち着いたのを見計うと、伊角は身支度を
整え始めた。
「人目につかないうちに帰ったほうがいいだろう」
部屋を外界から遮断する御簾の向こうで、月は沈み、雲は風に流れ、
夜空は細かな薄い光の星まで見えるようになっていた。
帰り支度をし、部屋から出ていく寸前、伊角は床に伏したままのヒカルに
呼びかけた。
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