平安幻想秘聞録・第三章 16
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「いや、それには及ばぬ。近衛光殿も同席していただいてかまわぬと、
東宮さまの仰せだ」
えっ!?と声を出しかけて、慌てて光は口元を押さえた。
「職務に忠実な検非違使だと、東宮さまも感心されておられた。身分違
いだと気にされることはないぞ」
そこまで言われては、ヒカルだけを残すわけにはいかない。まさか昼
日中の内裏で無体なことはされまいと、佐為は腹を括った。
「では、お言葉に甘えて光も同席させていただきます」
「うむ。では、ご案内しよう」
向かう先は当然、東宮の住む梨壺(昭陽舎)だ。
「佐為・・・」
「大丈夫。私が一緒にいるのですから、ね」
「う、うん」
佐為殿をお連れ致しましたと男が声をかけると、中から襖がするりと
開けられた。出て来たのは随身らしい長身の男だった。さすがにヒカル
には見覚えのない相手だ。
「どうぞ、入られよ」
「失礼致します」
促されて佐為は部屋の中へと歩を進めた。自分たちを呼びつけた本人
は几帳の奥にゆったりと座して待っていた。その表情が、ふと変わる。
佐為の後ろに控えるヒカルの姿に、確かに彼の中で何かが満ちたのが分
かった。
高貴なお方のほんの気まぐれだと思っていたのですが・・・。
佐為は、その美眉を顰めながらも畳に手をつき、頭を下げた。
「藤原佐為でございます」
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