平安幻想異聞録-異聞- 16
(16)
――喉がかすれて、悲鳴さえもあげられなくなってようやく解放された。
それから、どれくらい気を失っていたのだろう……
意識を取り戻したヒカルが最初に見たのは、すでに天空を
下りはじめた下弦の月だった。ゆっくりと痛む手を動かすと、
男達に嬲られ揺すられるうちに徐々に緩んできていたのだろう、
手の戒めは楽にほどけた。足の戒めも。
じっと眺めた手足の傷に、先程まで自分の身にされていたことが蘇る。
なんで自分がこんなめに遭わなくちゃいけないんだろう。
こんな目に遭わされるぐらいだったら、いっそひとおもいに
殺してくれたほうがよかった。
見回したが、手放した自分の太刀は、座間の一派によって持ち
去られたのかどこにも見当たらなかった。
――だがそれはこの場合、幸いだったろう。もしそこに
太刀があれば、きっとヒカルはその場で自分の命を絶っていただろうから。
あたりは嘘のように静かだった。
情けなくて、悔しくて、胸の奥に込み上げてくる熱い塊をおさえるために、
ヒカルは、傷に土がすり込まれるのもかまわず、地面を抉るように握りしめた。。
* *
「う…く…」
泣いたらダメだ、泣いたらきっと自分は崩れ倒れて、そのままここから
一歩も動けなくなる。
夜明け前の人の気配のない街道を、ヒカルは必死で歩みを進める。
まるで自分の体そのものが重い荷物のようだった。
麻袋に入れた熱い泥の塊りを引きずってるみたいだ。
それが重い荷物でも泥でもないのだと分かるたったひとつの理由は、
それが「痛い」と伝えてくるからだ。
痛みをかんじるのなら、それは荷物じゃない―――自分の体だ。
そんな状態だったから、ヒカル自身も気づいていなかった。
自分が今、向かっている場所が、本来帰るべき近衛の家ではないこと、
……藤原佐為の屋敷の方向であることに。
追いつめられたヒカルが助けを求めて胸に思い描いた顔は、
母親の顔でも、自分に剣を指南してくれた祖父の顔でもなく、
やさしくて穏やかな佐為の笑顔だったのだ。
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