パッチワーク 16
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昼前、受付より森下先生がいらしたと連絡が入った。
母に頼まれ受付まで先生をお迎えに行った。
久しぶりにお目にかかってひどくおやせになっていて驚いた。
三星火災杯の準決勝の前の晩「森下先生、胃ガン摘出手術成功」の連絡が入りヒカルが安心していたのを
思い出した。対局の後で森下先生の手術が話題になり手術のことを知らなかった父がヒカルの部屋に話を
聞きに来た。そして部屋の状態から父は僕らのことに気が付いた。その場では何も言わなかったが僕が
自分の部屋に戻ると父から部屋に来るようにとのメッセージがあった。このとき母は用事があり日本に
残っていたのは幸いだった。父は奥歯に物が挟まったような言い方で僕とヒカルのことを聞いてきた。
普段このような話し方をすることがない父だけに僕は後ろめたさを隠すために口調が荒くなってしまい、
父の話の途中で部屋を出てしまった。翌日の決勝、僕は父に完敗した。そして父は発作を起こした。
それからのことは切れ切れにしか憶えていない。気が付いたときは病院で芦原さん夫妻が病室にいてくれた。
市河さん(芦原夫人)が言うにはヒカルが僕の部屋を訪ねたら僕が倒れていて救急車を呼んでくれたらしい。
それ以来ヒカルに会っていない。そして、僕が何より驚いたのは帰国してから入院するまでの4ヶ月の間も
手合いには休まず行っていたらしいがその記憶が残っていない、勿論棋譜もだ。昨日、その棋譜を
取り寄せてみたがあまりのひどさに赤面した。どれも、辛勝と言わずにはいられないような内容だった。
だから、ヒカルは僕をもうライバルだとは思わなくなったのだろうか。僕が彼に興味を持ったきっかけは
彼の碁であり謎めいた強さだった。でも惹かれたのは彼の明るさであり、無邪気さだった。だから彼と
碁のどちらかを選べと言われたら僕は彼を選んでしまうだろう。だが、彼にとって僕はまず碁のライバルで
あって、だから僕を好きなんだという。だから僕は彼に選ばれ続けるために碁を続けなくては行けない、
彼にライバルだと思われ続けなくてはならない。
森下先生にヒカルの様子を訊きたい。
でも、森下先生はひどく緊張された様子で話しかけられなかった。
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