金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 16 - 17
(16)
「やっぱりダメだ!送る!」
ヒカルの腕を掴んだまま、アキラは立ち上がった。有無を言わさぬその態度に、ヒカルは
完全に怒ってしまった。
「もういい!塔矢のケチ!オレ、一人で乗る!チカンに遭ったら、オマエのせいだからな!」
アキラを突き飛ばし、言い捨て駆け出した。
おまけに間の悪いことに、ちょうどその時、ホームに電車が入ってきた。アキラは舌打ちすると、
慌ててヒカルの後を追った。彼は酔っているとは思えないほど、軽やかな足取りで電車に向かって
駆けていく。ヒカルの華奢な太腿あたりで、スカートが翻っていた。
―――アレ?
なんだろう……この感じ…前にもあったような…………
軽い既視感を感じて、アキラは頭を振った。自分の視線の先でヒラヒラ舞うスカートに、
何故か覚えがあった。
アキラが奇妙な感覚に囚われているその隙に、ヒカルは電車に乗ってしまった。
「いけない!」
落ちかけたスピードを急いで上げた。
何とか滑り込むことができた。跳ねている息を整えるため、ドアに少しもたれるようにして
腰を落とした。俯いた視線の先に、細い足首には不似合いなガッチリとしたスニーカーが
見える。そのまま、視線を上へとずらす。ヒカルはちゃっかり自分の前に立っていて、ニッと白い歯を見せた。
ヒカルがアキラの隣へ移動して、同じようにドアにもたれ掛かった。
「怒ってるみたいだな…」
「別に…」
それはウソだ。確かに自分は怒っている。ヒカルは、アキラが絶対自分の後を追ってくると
確信していた。知っていて、ワザとあんな風に振る舞ったのだ。
――――くそっ…!この…小悪魔…
いくら酔っているとはいえ、こう振り回されては堪らない。そして、それに結局逆らうことの
出来ない自分…その事実に、彼に対する以上の怒りがあった。
(17)
「塔矢、いっつも怒ってばっかだよな…」
「キミが怒らせるようなことばかりするからだろう…」
ヒカルの方を見ないように意識した。もし、見てしまったら、怒りを持続するのが難しい気がした。
彼の甘ったるい舌足らずなしゃべり方や、くるくると変わる表情はとても愛らしく、アキラを
魅了する。そして、それを悟られまいとして、自分はワザと突き放した言い方をしてしまう。
「塔矢…」
ヒカルが顔を覗き込んできた。大きな瞳が少し揺らいでいるように見える。
「………ゴメン…」
アキラは返事をしなかった。怒りよりも驚愕からだった。ヒカルがあまりに素直なので、
どう反応していいのかわからなくなったのだ。いつもこれくらい素直だと、アキラも対処しやすい。
だが、ヒカルは、そんな自分をからかうように、好き勝手に振る舞うのだ。
無言でムッと前を見ているアキラを見て、ヒカルは悲しそうにして、目を伏せた。
そして、アキラの側を離れると、そのまま車両の真ん中あたりへ移動してしまった。
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