失着点・龍界編 16 - 17


(16)
二人はハッとなって緒方を見、お互いを名残り惜しむように目を合わす。
「いえ、ボクも帰ります。仕事がありますから…。」
アキラが迷いを振り切るようにしっかりした口調で答える。
ヒカルにしてみてももうすぐ母親が様子を見に来る。
母親は失踪の件で多少ナーバスになっていて、アキラと会わせる事は出来な
かった。アキラが首謀者では決してない事はヒカルが何度も説明したが、
心のどこかで“元名人の息子の気紛れに付き合わされた”という感が拭えない
らしい。それはアキラの母親の方も同じだった。そういうものらしい。
父親同志の方がむしろ互いの愚息の事を謝罪し合っていた。
それでもやはり、アキラとの個人的な接触は固く禁じられた。
アキラの父親、塔矢元名人に対してヒカルは申し訳ない気持ちで一杯だった。
だがアキラの話では、元名人はアキラに対して何も言わなかったと言う。
一緒だったのがヒカルと言う事に納得しているようだったと。
むしろ、自分の名の元にアキラに過度に重圧がかかっていたのではないかと
いう事を謝ったのだという。そんな父に対し、アキラも今後はそれこそ
今まで以上に囲碁に取り組むと約束した。
緒方もそうした事情を分かっていた。それだけに今回はわずかでも二人を
会わせてあげられたらという配慮をしてくれたのだ。

病室に戻る為にヒカルがベンチから立ち上がろうとし、一瞬よろけた。咄嗟に
緒方がヒカルの腕を掴んだ。その時ヒカルの脳裏に夕べの感触が蘇った。


(17)
大人の男の力で腕を掴まれた感覚。和谷と伊角との一件もまだ完全には体から
消え去ってはいない。思わずヒカルは緒方の手をサッと振りほどいた。
「進藤、大丈夫?」
アキラはそれに気が付かずヒカルの腕を反対側から支えて来た。
「う、うん。ありがとう…。」
「顔色が悪いよ…。…無理させてごめん。」
連れ立って歩く二人の後ろ姿を緒方は見つめる。緒方はアキラと会話を交わ
していた時点からヒカルの様子がおかしい事を敏感に感じ取っていた。
眼鏡の下からヒカルの右手首の不自然なリストバンドに鋭い視線を送る。

母親が病室に来ているかもしれなかったので1階のロビーで二人と別れた。
本当ならアキラとは今日の手合いの後こっそりどこかで待ち合わせをして
ゆっくり話をする約束をしていた。
それを守れなかった事を謝った。アキラは優しく笑んで首を横に振った。
次に会う約束は出来なかった。アキラの方も、学校と棋院会館以外の時間を
殆ど自宅か碁会所で過ごすようにと決められていたからだ。
「あ、そうだ、携帯…」
アキラとの別れ際にヒカルは大事な事を思い出しアキラを呼び止めた。
苦く胸にのしかかっている一件だ。
「携帯?ああ、ボク、何度も進藤に電話やメール送ったんだよ。」
「なくしちゃったんだ、ゆうべ…。ごめん…。そっちに何か変なの来て
いない?」
病院の玄関を出たところでアキラはベルトに着けていた携帯を外して開き、
オフにしていた電源を入れてみる。ヒカルは息を飲んで見つめた。



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