pocket size 16 - 18
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とは言え数日一緒に暮らせばそれなりに気を許しあう関係にもなってくるもので。
机の上にアキラたんを乗せてやるとアキラたんはとことこ歩いて専用の座布団に
ちょこんと座り、人懐こい笑顔で笑った。俺も頬杖をついてその笑顔に応える。
「今日から新しいアルバイトだったんでしょう?大変でした?」
「うん、飲食店のバイトは前にもしたことあったから運ぶのはいいんだけど、
まだメニュー覚えてないから注文とレジが大変だったかな。揚げ餃子貰ってきたから
夕飯の時一緒に食べようね」
そう言うとアキラたんは嬉しそうにほっぺたを押さえ、正座を崩して体育座りになり、
膝を左右にゆらゆら揺らした。
アキラたんが今着ているのは近所のおもちゃ屋で売っていた人形用の丈の短いジーンズと
ピンクのロゴ入りTシャツだ。本当は身長16〜17cmのアキラたんより5cmほど大きい
人形が着るためのものらしいので少しぶかっとしているが、そこがまたアキラたんの
ちさーさを強調して可愛いことこの上ない。
ちなみに上下とも女の子物であることはアキラたんには内緒だ。
「アキラたんは今日、何してたんだい?退屈じゃなかった?」
「お昼と夕方にニュースを見て・・・その他は、いただいた詰碁の本を読んでました」
TVとエアコンのリモコンはいつでも操作できるようにアキラたんの側に置いてあった。
詰碁の本というのは、アキラたんの退屈を緩和するため普通サイズの詰碁集をアキラたん用に俺が縮小コピーしたものだ。
「そっか・・・他に何か読みたい本があったらまた縮小版作ってくるけど、何かリクエストある?」
アキラたんは首を傾げて言った。
「そうですね・・・英治さんのお勧めの小説があったら読んでみたいです!それから、
・・・あっ、でも、これはいいです・・・」
「んっ?なんだい?」
気になる。だがアキラたんはふるふると首を横に振るばかりだった。
「ごめんなさい、いいんです、本当に」
「・・・そう?じゃ、そろそろ夕飯の準備するけどまたアキラたんが教えてくれるのかな?」
「はい!」
アキラたんはにっこり微笑むと、自ら歩いてきて俺のポケットの中にすっぽり収まった。
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「初めはゆっくり。右手の親指で皮を押さえながら少しずつ剥いて・・・
そうそう、お上手ですよ」
胸ポケットの中からやししく指導してくれるアキラたんに従って、俺は野菜の皮を
剥いていた。
自分一人なら三食レトルトでもいいが、アキラたんがいるとあってはそうはいかない。
料理の本でも買ったほうがいいのか?と頭を抱えていた時、アキラたんが「料理なら
ボク、少しはお教えできると思うんですけど・・・」と口元に手を当て考え込むような
仕草で言ってくれたので、二つ返事でアキラたんの「生徒」になることにした。
碁が強くて頭が良くてまだ15歳なのに礼儀正しくて料理もできるなんて、
やっぱアキラたんてすげーよ!と俺は惚れ直した。
以来、食事の準備をする時はアキラたんが俺の胸ポケットから色々指導し、俺がそれに
従って実際の調理を行うという習慣ができていた。
「こ、こんなもんかなぁ。アキラたん」
慣れない手つきで剥きあげたニンジンは、皮と一緒に身まで落としてしまった部分があり
デコボコしている。
だがアキラたんはポケットの中から微笑み、力強く頷いてくれた。
「とってもお上手です!」
こんなボコボコのニンジン、お世辞にも上手とは言えないだろうに・・・
(俺が初心者だから、気を遣って励ましてくれてるんだろうなあ・・・)
アキラたんの優しさへの感動と申し訳なさで、俺は目頭が熱くなってしまった。
「アキラたん、やししいんだね。ほんと言うと俺、アキラたんの教え方ってもっと
スパルタかと思ってドキドキしてたんだ」
「えっ、スパルタ?・・・ボクがですか?」
アキラたんが驚いたようにポケットの中からあのネコ目で見上げてきた。
こんなにちさーいアキラたんなのに、キラキラした強い光を放つ大きなネコ目は
そんじょそこらの目薬CMのタレント美少女なんかでは到底敵わないくらいの目力で
俺を痺れさせる。
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「いやー、たとえばさ、教えている間は先生と呼んでもらおうか!とか、同じことを
3日前にも注意した!やる気がないのかっ!とか、もっと色々厳しく言われるかなって」
軽い気持ちでそう口にした俺の頭にあったのは当然、越智の指導碁の時のスパルタ
アキラ先生だった。
「え・・・」
後で思うとアキラたんはその時何か言いかけたのだが、ちょうど鍋が吹きこぼれたので
お流れとなってしまった。
「わ、うわ、うわっ、」
「あ、大丈夫です。落ち着いて布巾を被せて蓋を取って、弱火にして・・・」
アキラたんの冷静な指導でなんとか被害を最小限に抑え、額の汗を拭う俺に
アキラたんが言った。
「ボクは確かに少し短気な所があって、相手によってはたまにきついことも言って
しまいますけど・・・一生懸命上手くなろうとしている人に必要以上に厳しくしたり
しません。それに、英治さんは本当に上手ですよ!普段ほとんど料理をしないなんて
信じられないくらい」
にっこり笑いかけてくれるその笑顔は、営業スマイルではなく本当に優しさ溢れる
温かいものだった。
「アキラたん・・・」
感動のあまり俺がその場に立ち尽くしていると、アキラたんはまた口元に手を当てた
考え込む仕草で、まな板の上のデコボコのニンジンをまじまじと見つめシリアスな声で
言った。
「本当に・・・どうやったらこんな風に上手に・・・」
「あ、いやアキラたん、いくらなんでもそこまで・・・」
「でも、ボクが皮を剥くと・・・この3分の2くらいの大きさになってしまいますし・・・」
「え」
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