祭りのあと 16 - 18


(16)
ヒカルの手を強く握りしめながら、アキラは一人物思いにふけっていた。
神の一手を目指すためと追ってきたヒカルと、いつのまにかこのような関係になれた。アキラにとってそれは願ってもない奇跡だった。
だがヒカルにふれる度に、肌を重ねる度に、ひとつになる度に、ヒカルと離れている時間を苦痛に感じるようになった。
片時も離れたくない想いが膨れ上がったアキラは、自然とヒカルに対する独占欲が強くなっていた。
だから会う人全てに無防備に笑顔をふりまいたり親しげに話したりするヒカルを見ていると、自分以外に微笑むことすら許せなくなったアキラは、嫉妬心を抑えきれないでいた。
時には自分に気があると勘違いして、隙あらばヒカルを奪おうとする輩もいた。 
アキラが目で制しただけで大概の者は手を出そうとはしなかったが、鈍感なヒカルはそれに気づかず、無意識のうちに次々と人をたぶらかすのできりがない。
自分はヒカルにとって特別な存在ではないのだろうかという不安から、アキラは小悪魔のようなヒカルに自分だけのものなのかと確認せずにはいられなくなった。
だが想いが膨らむと同時に膨れ上がった嫉妬や独占欲のかたまりをぶつけると、ヒカルはたいてい鬱陶しそうな態度をとる。
自分の想いを理解してもらえない苛立ちから、アキラは暴力的な行動をとってしまうしかなかった。
当然ヒカルは抵抗したが、状況が状況なだけに自分の想いが空回りしているような気がして頭がパニックになった。
想いを抑えることができないアキラは、嫌われることを承知で無理やり抱くしかなかった。自分だけのものだとヒカルの体に跡を残さずにはいられない。
しかしそれを終えたあと、ボロボロになったヒカルを見て自己嫌悪に陥る。こんな一方的なやり方は恋とはいえない。アキラは達成感よりも罪悪感に苛まれた。
けれど、それでもヒカルは自分から離れることはなかった。
小悪魔的行為は相変わらずだが、どんなに酷いことをしても離れようとしないヒカルを見ると、安心できる自分がいた。
だがどんなに蔑視されても罵られても必ず自分のところにヒカルが帰ってきてくれるという優越感と独占欲は、ヒカルへの行為を更にエスカレートさせていくものとなった。
アキラはいつのまにかこうすることでしかヒカルの愛を信じることができなくなっていたのだった。


(17)
「今日の花火大会、本当に楽しかった」
別れ際、ヒカルはそう言った。
だがアキラは名残惜しそうにヒカルの手を握る。その寂しそうな顔に、ヒカルはなかなか別れの言葉を言い出せないでいた。
「なぁ、塔矢。そろそろ手、離してくれないか?」
「嫌だ」
「嫌だって、おまえ・・・」
ヒカルはため息をついた。さっきまであんなにも強引だったのに、突然子どものようにごねてくるアキラの真意がつかめない。
「・・・キミは、寂しくないのか」
「え?」
「寂しいって思っているのはボクだけなのか?」
訴えるような目で見つめられ、ヒカルは戸惑った。
寂しいとかよりもアキラとの行為で体がクタクタに疲れていたため、早く家へ帰りたかったからだ。
けれどここで冷たくあしらえば、また同じことの繰り返しのような気がして迂闊なことは言えない。
好きなのにどうして分かり合えないのかと、ヒカルはもどかしさを感じた。
好きだからこそ不安になるアキラを理解するにはヒカルはまだ幼すぎたのだ。
そしてアキラもまた、ヒカルのために好きだという気持ちを抑えきれるほど大人ではなかった。
二人は黙ってお互いの様子を窺った。
「そんじゃあさ、今日はおまえの家に泊まる。これなら文句ねーだろ?」
体に余裕などなかったが、こんな状態のアキラを一人にできないヒカルは、自宅に帰るのを諦めてそばにいることにした。
アキラはそれを聞くと子どものように喜んだ。
なんだかんだ言って、こんな塔矢にもかわいいとこあんだよな。
ヒカルは無邪気に笑うその笑顔に見とれてしまい、思わず微笑み返した。


(18)
「どうせなら残りの夏休みずっとボクの家に泊まりなよ。碁の勉強のためと言えば父さんも許してくれるだろうし、キミのお母様も快諾するだろう」
なんだか話が飛躍しているように感じたが、ヒカルは疲労感からとりあえず頷いて聞き流した。
「朝から晩まで四六時中ずっとキミを独占できるのかと思うと震えが止まらないよ。善は急げだ。早く家に帰ろう」
見る見るうちに輝きを取り戻したアキラは、ヒカルの手を引くと家路へと急いだ。
そんなアキラにヒカルは震えが止まらなくなっていた。
それってこれからオレは塔矢の家に監禁されるって意味なのか? 四六時中ずっと塔矢に監視されて、やりたい放題にされるのか?
「塔矢、オレやっぱ帰るよ。母さんに怒られちゃうしさ」
ヒカルは何とか理由をつけて断ろうとした。
そして安易に家へ泊まりに行くなど言わなければよかったと後悔した。まさかそれがアキラの独占欲に火をつけるとは思わなかったからだ。
「大丈夫。お母様にはボクからきちんと説明するから。それにいずれ一緒になる身なんだから、ご挨拶しなければならないと思っていたし」
アキラはポッと照れ笑いした。
ヒカルはアキラの思考がとんでもないところまで飛躍していることを悟った。
しかし今更気づいても、アキラを止めることなどできない。
「祭りのあとだけに、あとの祭りってか・・・」
ヒカルは自嘲するかのようにそう呟くと、自分の将来と身を案じた。


                                       <終>



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