身代わり 16 - 18
(16)
いつのまにか冴木のものはヒカル以上に張りつめていた。
その処理方法は、一つしか思い浮かばなかった。
「ぃてっ! 冴木さん!?」
ものすごい力で引き倒され、背中に痛みがはしる。しかしそれよりも冴木が気になった。
冴木は体重をかけながら、ヒカルのトレーナーをまくりあげ、その腹に吸いついた。そして
ふたたびヒカルの下肢をさらそうとした。
ヒカルはかかとでのしかかる冴木を蹴った。しかし怯むことがない。
「ちょっ……! ヤダッ」
《やめてください! 冴木さん!!》
佐為とヒカルは言うが、もちろん冴木にはその言葉は入ってこない。
やめる気など毛頭なかった。
「っうあっ!」
歯を立てられた。痛くて何とか逃れようとするのに、冴木は放してくれない。
さきほどと変わって嫌がるヒカルに冴木は苛立つ。
ヒカルをはがいじめにし、手探りで胸の突起を探し当てると、それを強くつまみあげた。
「痛いっ! 痛いってば!」
執拗に乳首を攻め立ててくるが、ヒカルは少しも気持ち良くなかった。
「少しくらいいいだろっ」
「なにが!?」
怒声にヒカルはたじたじとなる。冴木はなにがしたいのだろうか。
とにかく早くこの状態をなんとかしなければ。ヒカルは出口に向かって這いずりだした。
しかし足をつかまれ引き戻された。すごい力だった。
このままだとやばい。なにがやばいか具体的にはわからないが、とにかくそう思った。
佐為はヒカル以上にこの危機にうろたえていた。
《ああ、どうしましょうっ》
自分にはなにもできない。万事休すだ。佐為は涙目になった。
そのとき、柔らかな声が聞こえた。
(17)
冷水をかけられた心地がした。
ヒカルと冴木はもつれあったまま、戸口に立つその人物を見た。
「なにをしているのかな? 二人とも」
「し、白川先生……」
二人の声がはもった。白川は人当たりのいい笑みを浮かべた。
「ここは遊ぶところじゃないよ」
「ハイ、すみません……」
はじかれたように冴木はヒカルの上からどいた。
「冴木くん、和谷くんたちが売店にいるから、呼んで来てもらえるかな」
柔和な雰囲気をたたえているのに、白川はどこか恐かった。
冴木は転がるようにして部屋を飛び出した。階段を全速力で駆け下りる。エレベータを使う
余裕はなかった。
一階に着いた冴木にすぐ和谷が呼びかけた。
「冴木さん、白川先生との用事は済んだの?」
「用事?」
息を切らしながら聞き返す冴木に和谷はうなずく。
「うん。それで下で待っててくれって言われた。そうだ、これ」
和谷が缶ジュースを放り投げてきた。
「口直しにどうぞ、って」
その一言に冴木は頭を殴られた気がした。
いったい白川はどこからどこまでを見たのだろうか。
(まさか、俺が進藤にしてるとこを……)
考えたくない事実に、身体中の血の気が失せていく。震える手でジュースを一気にあおる。
その甘さに、冴木はさきほど口にした苦味を思い出す。
(……進藤になんてことしたんだ、俺)
これ以上はないというほどの自己嫌悪に陥った。
(18)
重みが消えて、ヒカルは安堵した。佐為も大きく息を吐いている。
「大丈夫ですか?」
うつぶせのまま見上げているヒカルを白川が起こした。
「せ、先生、あの、どうも、その……」
お礼を言いたいのだが、言えば悟られてしまう気がしてヒカルは口ごもった。
いや、もうバレているのかもしれない。
白川は黙ったままヒカルの乱れた髪を手で梳いている。
いつもと変わらぬその雰囲気に、ヒカルの気持ちもほぐれていった。
「先生は、いつから来てたんですか」
ヒカルは思い切って聞いてみた。だが白川は笑みを浮かべたまま答えなかった。
じつは部屋の外までヒカルの喘ぎ声は聞こえてきていた。
すぐに状況を察した白川は、続いてやってきた和谷に小金を握らせ、売店でなにか飲みもの
を買うように言った。もちろん後から来た者の足止めも言いつけた。
しかしこのことをヒカルに言う必要はない。
「白川先生?」
見つめてくる白川をヒカルは見上げる。その様に白川は唾液を飲みこんだ。
二人の様子を見ているあいだ、白川は平静でいられたわけではなかった。
(……すぐに止めに入らなかった私も、冴木くんと変わらないですね)
自分が冴木のように行動に起こさないのは、それだけ理性が働いているからだ。
それがありがたくもあり、口惜しくもあった。
《ヒカル、誰か来ましたよ》
笑い声が聞こえる。和谷たちが来たのだ。白川はもう一度ヒカルを見た。
「あまりオフザケは良くないよ」
素直にヒカルはうなずいた。もう二度とあんな目にはあいたくない。
だが、もう一度あの快感は味わいたいと思ってしまった。
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