検討編 16 - 19


(16)
「オマエ…ナニ、そのカッコ…」
「…と言いたいのはボクの方だけどね。」
「なん、で……」
「いつまでもそんな格好してると風邪引くぞ。」
「オマエ、いつの間にそんなにちゃんと服なんか着ちゃってるんだよ!!」
「いつの間にって、別に……そう、キミがスケベそうに思い出し笑いなんかしてる間にね。」
と、アキラはボタンを止めながらせせら笑う。
「一人で勝手に着てるんじゃねぇよ!」
「勝手ってなんだ。そんなの、着ようが脱ごうがボクの勝手だろう。
ああ、だからキミもハダカでいたいんだったらいつまでも一人でその格好でいればいいさ。」
そのままアキラはヒカルを置いてすたすたと部屋を出て行ってしまった。
虚しい。
ちぇ。塔矢のヤツ。可愛くねぇ。
仕方なしにヒカルが床に散らばってる服を拾い上げてもぞもぞとそれを着込んだ。

「もう本当に時間も遅いし、疲れたから今日はもう帰ろう。」
疲れたから、ね、あっそ。ああ、オレも疲れたよ。どっと疲れた。がっくりだ。
不貞腐れたように歩くヒカルに、アキラが問いかける。
「進藤?何か怒ってるのか?」
けれどヒカルは応えずに黙ったまま足を引き摺るようにして歩く。
「何を怒る?言いたいことがあるんなら言え。」
立ち止まって、脹れた顔でアキラを見上げて、ヒカルは言った。
「……オレが怒ってるとしたらおまえがヤらせてくれないからだろ。」
「進藤!」


(17)
「何度も言うがボクは女じゃないんだ。
普通はそういうのは女の子とするもんだろう。男同士でしてどうする。」
「普通なんて知らねぇよ!そんなの!」
あんまりなアキラの言い方に思わずヒカルは食って掛かる。
「知らねぇ、普通なんて。そんな、どっかの女の子としたいなんて、思わねぇ。おまえだから、」
こんなにこっちは必死なのに、平気な顔をしてるアキラが、「普通は」なんて言うアキラが憎らしくなる。
「…いいよ…!もう。塔矢なんか知らねぇ…!」
「進藤!」
顔を背けたヒカルを宥めるように、そっと肩に手を置く。
「進藤…ごめん、ボクも悪かったよ、だから、」
「知らねぇよ…塔矢のバカヤロウ…っ!」
「…そんな事で泣くなよ。」
「なっ、泣いてなんかいねぇ!それに、そんな事って、そんな事ってなんだよ。
そんな言い方ねぇだろ!」
と言いながらも、ヒカルの目は今にも涙がこぼれんばかりで、声も鼻声になってしまっていたのだけれど。
けれど、そんなに泣くほどの事かなあ、とアキラの方では思う。
「そんなに言うんなら、」
ちょっと考え込んでから、アキラはこんな事を思いついた。
「そう……例えば、次にキミが公式戦でボクに勝てたら、考えてあげてもいいよ。」
「えっ…」
思わず、そんなに…?という風な表情をしてしまったヒカルに向かって、アキラは破顔する。
「弱気だな。ボクはそんなに待たされなきゃいけないのか?」
「え、」
突如、華やかに笑ったアキラに見惚れた。
「追ってくるんだろう?ボクを。早く来ないといつまでも待ってなんかあげないよ。」


(18)
「く…くっそォ、オマエなんか。待ってろ!すぐにまた、今度は叩きのめしてやる!
いつまでもそんなでかい口叩いてられると思うなよ!!」
「それでこそ。望む通りだ。」
ヒカルの言葉を受けて、アキラは嬉しそうに笑う。
「でも、できれば、」
言いながら、ヒカルの肩を掴んで引き寄せ、
「2年4ヶ月も待たせないで欲しいね。」
と、軽く唇を重ねた。
アキラからのキスに、呆然と固まってしまったヒカルがひとたび瞬きをすると、至近距離に、
先程までとは打って変わった、真剣な眼差しがヒカルを見据えている。
「早く来い。もう、ボクを待たせるな。」

「…ああ。」
ヒカルもアキラを見据えたまま、言う。
「覚悟してろ。」
そしてアキラを真っ直ぐ見たまま、にやっと笑った。
「今度は痛いって泣いたってやめてなんかやらないからな!」
「なっ!なんでそうなるんだ!ボクは対局の話を、」
「ウソウソ、今度は泣かせないって。だいじょーぶ。ちゃんと、痛くないようにするにはどうしたらいいか、
ちゃんと勉強してくるから。」
「そっそんなもの、勉強なんか、するなっ…!」
「絶対に、すぐに追いついて見せるからな。」
「ふん、追いつけるもんなら追いついてみな。ボクだって黙って待ってるつもりなんてないからね。」

そして、さあ、もう行こう、とアキラはヒカルを促して碁会所を出た。
随分夜も遅くなったのに、ビルを出ると駅前のせいなのかまだ人がいる。
じゃあな、と言いかけたヒカルをアキラが引き止めるように言った。


(19)
「進藤、明日、ここに来れるか?放課後にでも。待ってるから。」
「え?」
呼び止められて振り返ったヒカルが困惑したように顔を紅くさせる。
「えっ…とぉ…」
「…なんだ、その顔は。何を期待してるんだ、キミは。」
ムッとした声でアキラは続ける。
「検討だよ。今日、しそびれただろう?それとも何か用事でもあるのか?」
「いや、ねぇけど…オマエって…ホント、しつこい…」
「進藤っ!」
思わず声を荒げてしまったアキラは、はっと気付いて、抑えた声で言う。
「来るのか、来ないのか。」
「…行くよ。」
そう応えたヒカルは、にこっと笑って続けて尋ねた。
「明日だけじゃなくて、その後も行っていい?」
「え…」
「もっとおまえと打ちたいし。」
思いがけない事を言われて、一瞬呆然としたアキラは、信じられない思いで返答を返す。
「…ああ。うん。ボクもキミと打ちたい。」
「よかった!」
無邪気に嬉しそうに笑ったその顔が、何だか急に眩しく見えて、アキラは目を細めた。
「塔矢、」
なに、と聞き返す間もなく、手を引き寄せられる。
そしてまた、唇が重ねられる。
もう、今日何度目だかもわからない感触に、それでもまだ眩暈がする。
そっと触れていた唇が離れていくのが名残惜しいとさえ思った。
ぼうっとしているアキラに、ヒカルはにこっと笑いかけ、
「じゃあ、また明日な!バイバイ!」
そう言って満面の笑みを見せてから、ヒカルは駅へ向かって走って行った。
赤い顔で口元を押さえたまま、アキラはその後姿を見送っていた。

検討編・終わり



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