sai包囲網 16 - 19
(16)
『佐為、佐為っ!』
『ヒカル!』
思わず助けを求めるように頭上に伸ばされたヒカルの手を、佐為は触
れることができないのも忘れて、咄嗟に握り締めていた。すり抜けてし
まう指と指。ばたりと掌を上に向けて畳に落ちたヒカルの手に、せめて
もの支えとばかりに佐為は手を重ねる。この手がヒカルに訪れる苦痛を
少しでも和らげることができたら。
しかし、そんなヒカルの苦しげな表情にはかまわず、アキラは更に奥
を目指して、腰を打ちつけた。
「あぁ、あぁぁぁぁーーー!!」
喉が潰れるのではないかと思うほど、苦しげなヒカルの声が部屋の中
に響いた。
ぐちゅりと厭らしい音を立てて内膣を切り裂いて行く、熱い楔。最奥
に辿り着いた途端、それは無情にも引きずり出され、ヒカルに新たな痛
みを与えた。
「と、や、いた・・・い」
「進藤、力を、抜け」
ヒカルの中は蕩けるくらい温かく気持ちが良かったが、あまりの狭さ
にアキラも額に汗を浮かべていた。それでも、今更猛っているものを抜
いてくれる気はないようだ。それに引き換え、痛みと恐怖にさっきまで
自己主張をしていたヒカル自身は、力なくうなだれたままだ。
「はぁ、あっ・・・」
「くっ・・・」
少しでも力を抜けさせようと、アキラは縮こまったヒカルを手の中に
包んでゆっくりと摩り始めた。二人が繋がっている場所と、ヒカル自身
が濡れた音を立てる。
下肢から背骨を伝って競り上がってくる感覚に、ヒカルはもうダメだ
と思った。アキラに犯されて感じてる。認めたくない事実に、ヒカルは
佐為を仰ぎ見た。
(17)
『佐為、佐為。お願い、何かしゃべってて』
『ヒカル・・・』
ヒカルは意識を佐為の方へ向けることによって、アキラから与えられ
る理不尽な感覚をやり過ごそうとした。痛みも、快感も、全部ないこと
にしてしまえばいい。
『佐為も、千年前は好きな人がいた?』
『えぇ、おりましたよ。内裏におられる女房殿にもずいぶん手紙を貰っ
たものです』
『女房って、人妻?』
『いえ、貴族に使える女人(ニョニン)のことを、女房というのですよ』
『へぇ、そう、なんだ・・・』
しっかりと勃ち上がったヒカルのものは、アキラが手を離しても力を
失わず、二人の間に挟まれて、とろとろと快感の涙を流し続けている。
耳元でアキラの熱い吐息を聞きながら、ヒカルは佐為との会話を続けた。
『手紙って、好きですって書いて、あるの?』
『平安の世では、そうあからさまに好きとは言わぬものなのです。特に
高貴な女性はね。歌に恋い慕う殿方への気持ちを託して、そっと着物の
袖に忍ばせるのですよ』
『ふーん。今とは、ずいぶん、違うんだな』
『そんなことはありませんよ。今も昔も恋に積極的なのは、殿方よりも
女人の方です』
佐為の言葉に思わず微笑んだヒカルに、アキラは訝しげに眉を寄せた。
ヒカルの視線を追ってみても、そこには何もない。何も見えない。
滑らかな肌。艶を帯びた瞳。自分が抱いている相手が他のことに気を
取られているのは、いささかおもしろくなかった。
(18)
「進藤、何を、考えてる?」
そう言いながら、アキラは一度ヒカルの身体を横向けにし、後ろから
片脚を掬い上げて、残ったもう片方の脚を跨ぐ、俗に『燕返し』と呼ば
れる形にしてもう一度深く繋がった。
畳に押しつけられて佐為の姿が見えなくなる。逃げ込んでいた場所
から現実に引き戻されて、ヒカルはまた悲鳴を上げた。
苦痛と快感の入り交じった行為の間、思いついたようにsaiのこと
を問われ、その度に知らないと息も絶え絶えに答えるか、頭を左右に振
って否定の意思表示を返した。
繰り返し与え続けられる後ろと前からの刺激に、今にも限界に達して
しまいそうなのに、アキラの手がそれを阻んで、一度もイクことができ
ない。行き場のない沸騰しそうな熱に、ヒカルの目から涙が零れる。
「とう、や。手、離して・・・」
「もう、イキたい?」
「あぁ、はぁ・・・ん。イカせてくれ・・・」
「やっと、話す気に、なった?」
saiだって認めたら、楽にしてあげるよ。アキラの声が悪魔の囁き
のように聞こえる。それでも・・・。
「俺は、saiなんて、知らない、から、話したくても、話せねぇよ」
これだけは口が裂けても言ってはいけない。自分と佐為だけの大切な
秘密。saiは、佐為は、何より大事な存在だ。友達、師匠、もう一人
の自分。それを裏切ることはできない。
ヒカルの答えにカッとなったアキラは、捕らえていた脚を折り曲げる
ようにして身体を起こさせ、ふらつくヒカルの両手を無理矢理自分の首
に回させた。
「あぁ、あっ、あぁ!!」
(19)
『卍くずし』。浮き上がった自分の体重がかかることによって更に深
く抉られ、新たに襲って来た快楽の波に、ヒカルは狂乱した。
「あぁん、やぁ・・・」
「進藤、進藤」
「あっ、あぁ!」
それからどのくらい経ったのか、時間の感覚さえ分からなくなるほど
蹂躪され尽くされたヒカルは、半ば意識が飛び始めていた。理不尽に与
えられる快感。戒められ、いまだ達することのできない苦痛。全てがど
うでも良くなって来る。
「はぁ、あ・・・ん」
涙の混じったすっかり掠れた声が痛々しいくらいだ。良く日の差す明
るい部屋で、ただ一人のライバルと思っていた相手に抱かれ、それに感
じて女のように喘いで、泣き叫んで。ヒカルには、もうアキラに力なく
縋りつくくらいしかできない。
「進藤、saiは君か?」
何度目かの問いに、ヒカルは頭を仰け反らせて、佐為を探した。
アキラの肩越し、涙で滲んだ視界に白い影がぼんやりと映っている。
気配で、ヒカルにはそれが佐為だと分かった。
『佐為。お前のことは、誰にも、言わないからな。また、塔矢先生と、
絶対打たせてやるから、だから、心配なんて、するなよ・・・』
こんな目に遭いながらも、自分のことより先に私のことを想ってくれ
るのですか?佐為は手に持った扇子を折れるくらい強く握り締めた。
唯一無二の相手への愛しさと、アキラへのやり場のない怒り、そして、
ヒカルを助けることさえできない我が身の恨めしさ。ただ無言で唇を噛
み締める佐為の表情を、ヒカルはもう見ることができなかった・・・。
End
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