吸魔〈すいま〉 16 - 20


(16)
「…っ!…っ!」
一瞬だけ首を仰け反らせたが、アキラは目を閉じ、微動だにしなくなった。
愛撫は片方だけに執拗に施され、刺激にその部分が硬く立ち上がるがアキラの反応は
変わらなかった。出水は暫くそのいたずらを続けていたが、顔をあげため息をついた。
「そろそろ、君の怒っている以外の表情を見せて貰いたかったのですがねえ…。
いいでしょう、…また少し辛抱してください。」
出水は今まで愛撫をしてきた乳首を、口に含んだ。
「あっ…!!」
叫び声と共に出水の体の下でアキラの体が反り上がった。
「やめ…あっ…あ!!」
乳首の中をあの針が突き通っていく痛みにアキラはたまらず声をあげた。
首筋程激しくはないものの、それでも相当の痛みに苛まれ、アキラの体がカタカタ
震えた。出水はすぐに口を離し、癒す方に時間をかけるように傷付いた部分を
優しく口に含み、血を啜りながら愛撫を続ける。長い睫に涙を含ませ、アキラは
首を左右に振る。
「…お願い…もう…止めて…」
「君に痛い思いだけをさせるつもりはありません。」
出水はもう片方に唇を移す。
「!」
アキラがまた同じ事をされると思って体を硬くした。
「もうしません…力を抜いて…。」
ホッとすると共にアキラの中に少しずつ諦めと投げやりな心境が広がっていく。新たに
血を交わされたせいかもしれない。その隙間に入り込んで来るように出水の愛撫は
施され、アキラから快楽に対する反応を引きずり出していく。
時間をかけてようやく氷が解けるようにアキラの唇から熱い吐息が漏れはじめていた。


(17)
「君のようなタイプは、一度垣根が崩れると脆いんですよ。」
出水がそう言うと、アキラは一瞬フッと自嘲的に笑んだ。
「…それも暗示ですか…?」
出水もニコリと笑う。
そして出水はアキラのズボンのベルトを外した。アキラはすでに抵抗する気力を
ほとんど失っているようだったが、一応念のために「じっとしていて…」と声を掛けた。
アキラの下肢から全てを取り払って、改めて出水は自分の獲物に魅入る。
大人になりきれていない、中性的な面影を持つ少年期の終わりの最も妖しくて
美しい肢体。この気高い獲物は、得体の知れない男の視線の下に裸身を曝して
ももはや眉一つ動かさない。
もう覚悟は決めたようだった。自分はこの男に抱かれるのだと覚っている。
「君は本当に…手強い…。」
出水も衣服を脱いで全裸になった。
「獲物全てをこうして抱く訳じゃない…。」
そう口にしながら、自分は何をこの少年に分かって貰おうとしているのかと笑った。
冷えた体に再度熱を灯そうとして出水は包容する。熱い呼気を引き出すよう唇を這わす。
間もなくアキラの咽からくぐもった喘ぎが聞けるようになった。
「…進藤も…ヒカルも…抱いたの…?」
ふいな問いかけだった。
「いや…、彼は指から血を貰っただけです。彼は非常に暗示にかかり易い体質だった。」
「…なら、いいんだ…。よかった…。」
安堵したような表情を見せ、再び最悪な現実に引き戻っていくこの獲物に出水は
ますます魅入られていった。


(18)
そしてもう一つ、出水にはこの獲物に関して強く興味を引かれるものがあった。
「アキラ君、…君は、こういう事は初めてではありませんね。」
今度は出水の問いにアキラが驚いたようだった。
「な…ぜ…」
「それは分かります。体の反応の仕方で。…その相手がうらやましいですね…。」
アキラはひどく動揺した。出水のその一言で、あの夜の事が鮮明に蘇って―
正確には、蘇らされてしまったからだ。
「少しずつでいいので、その時の話をして貰えませんか…?」
出水は右手を下腹部に持っていく。若く起ち上がりかけた陰茎を指で挟む。
アキラが小さく声を漏らす。
出水にとって、具体的に声を出して話させる必要はなかった。ただ、アキラの頭の
中でその時の事をなぞらえて貰えれば良かった。
「一度だけ…だったんだ…」
「…どんな感じだったのですか…?」
出水は陰茎を軽く指で包み、ゆっくり上下に擦って刺激を与える。
「…ああっ、…はあっ…」
今までと違う声がアキラから漏れはじめた。
「ダメ…そこ…、…さん…っ」
相手の名前は聞き取れなかった。おそらく、周囲の誰にも知られてはいけない
相手なのだろう。その部分に強いストッパーがかかっている。
アキラの意識は今暗示によって完全に混濁していた。出水をその相手と錯角している。
そうして生きた反応を示し始めたアキラを、出水はようやく目的のものにありついたと
いうように味わい始める。
「詳しく思い出してください…アキラ君…」


(19)
―あの日、あの人はひどく苛ついていた。
「囲碁界のことを知らない三流記者が書いた」小さな記事。囲碁とは普段無縁の
芸能ゴシップの雑誌にそれはあった。“暫定ホルダーに問われる資質”。
アキラもそれを望んで目にした訳ではなかった。だが世の中には、教えなくても
よい事を教えたがる人種がいる。
気が付いたら、その人の部屋を訪ねていた。学校の制服のまま。
―帰れ。
慰めるとか、そんな思い上がった行為のつもりはなかった。
―今夜のオレは、何をするかわからん…
その人はひどく酔っていた。大きな波を捕まえる事ができるかどうかの間際に、
いつも冷静だったその人が、初めて自分の前で弱さを見せた瞬間だった。
自分にできた事は、ただ、その人の手の届く範囲に近付く事。
その人が自分を捕らえ、自分にした行為の全てを受け入れる事だった。
ギシギシと軋むベッドの上で、アキラはその人が自分の中で動くのを感じていた。
気を失いそうになる痛みを与えられながらも、嬉しかった事を覚えている。
「嬉しい?、何故…?」
「…何故?」
「好きだから…?」
「そうじゃなくて…やっと…自分があなたのものになれた…から…」
「それは違うよ、アキラ君…、オレが、君のものになったんだよ…。」
体を繋げた深い部分が熱く弾ける。その人が、一気に自分の中に流れ込んで来る。
アキラはその相手に強く抱きつき、もっと、もっととせがんだ。


(20)
鬱陶しい雨が続いていた。アキラは、久しぶりに碁会所のドアをくぐった。
「アキラ先生!もう具合はいいんですか?」
市河が心配そうに声を掛けて来た。
「はい、…すみません。こんな時期に夏風邪をひくなんて、ダメですね。」
奥の方からヒカルが手を振る。
「おおい、塔矢、今手が空いたから、一局打とうぜ。」
アキラはニッコリ微笑んでヒカルのところに行きかける。
「…そう言えば、最近出水さん、来ないわねえ。」
市河がポツリと呟く。アキラが怪訝そうに首を傾げて聞き返す。
「…出水さんって、誰ですか…?」
「アキラ先生って、本当に人の名前と顔を覚える気がないんですね。まあそんなに
何度も来たわけじゃないけど、チョット素敵だったから…。」
「そうなんですか。」
その時アキラはふと視線を感じて振り返った。だが別に、出入り口のドアのところに
誰もいなかった。気のせいかな、と思い、何気なく首を触る。
その首元と左手の小指の付け根にうっすらと小さな傷跡があった。

碁会所を見上げながら、出水は呟く。
「君の事は諦めますよ、アキラ君…。もう少しでこちらが吸い尽くされるところだった…。
どうやら僕もあの時、君のものになってしまったらしい…。そういう相手は危険すぎて
選ばない事にしているんです。人間には時々魔族から逆に魔力を吸い込む者がいる事を
忘れていました…。僕らはそれを“吸魔”と呼んで恐れているのです…。」

                               [終]



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