闇の傀儡師 16 - 20
(16)
「じいちゃん…じいちゃんに来てもらっていいかな。」
「お義父さんも老人会の旅行ですって。どうしたの?ヒカル。具合でも悪いの?」
「う、ううん、何でもない…。」
ヒカルは力のない足取りで二階の自分の部屋に戻った。
よくわからなかったが、あの夢をこれ以上何度も見たら、そのうちもう戻って来れないような、
自分がどうにかなってしまうようなそんな気がしたのだ。
だからといって何処に逃げればいいのか、どうしたらいいのかヒカルにはわからなかった。
その時母親が玄関から出て行く音がして慌ててヒカルは別のジャージに着替えて下に降り、
外に出たがもう母親の姿はどこにもなかった。
「…塔矢に、相談してみよう…。とりあえずオレも出かける用意しなくちゃ…」
ため息をついて家の中へ引き返そうとしたヒカルの目に、郵便受けの取り出し口部分の
隙間から何かが飛び出しているのが見えた。
息を飲んで手を伸ばし、取り出し口を開いた。
そこには例の写真が剥き出しのまま何枚も入っていて、ヒカルの足下にバササッと落ちた。
今まで見た事があるもの、紐で新たにいろんなポーズで縛られているもの、人形の足が大きく
広げられて縛られ、その中心に何か異物を体内に押し込められているもの、であった。
ヒカルがその日の予定の仕事を休んだと言う事をアキラは棋院会館で知った。
急きょヒカルの代役になった和谷が夕方からの棋院会館での研究会に参加する際にその事を
仲間らに話すのを聞いたのだ。和谷もヒカルの家に電話をしたのだが、誰も出ないらしい。
「進藤…?」
アキラは強い胸騒ぎをおぼえた。
(17)
アキラはとりあえずヒカルの家を訪ねる事にした。自分に何の連絡もなかった事で
それだけ事態が急速に悪化したのではと感じた。
ヒカルの身に何かあったのかもしれない。
夜にさしかかった他に人影の見えない住宅街を行くと前方にヒカルの家が見えた。
その時アキラは、ヒカルの家の周囲を伺う者がいるのに気付いた。
「?」
直ぐに違和感を感じたアキラは相手に悟られないよう近付き、様子を見ていた。
帽子を目深に被った黒い服の男が、胸ポケットから取り出した何かを直接郵便受けに
差し入れるところだった。
それを見て切手を貼った消印の無い手紙、がアキラの頭の中をよぎった。
「おい、何をしている!」
夢中でそう叫んで駆け寄ると、相手も驚いて逃げ出した。
「待て!!」
アキラは殆ど飛びつくようにしてその男の腕を掴み、もつれあうようにして道路に倒れ込んだ。
「変な手紙をよこしたのはお前か!?」
相手の襟首を掴んで締め上げようとしたアキラの視界に入って来たのは、
首のないジャージの胸元だった。
「えっ…?」
そこにあるはずの首から上は、乾いた音を立てて道路に転がっていた。帽子を被ったその首は、
マネキン人形のものだったのだ。
アキラが道路に組み伏せた体もまた、硬直したマネキンに服を着せただけのものだった。
(18)
「これは…いったい…?」
困惑するアキラの背後で家のドアの開く音がした。アキラが振り返るとヒカルがのろのろと
玄関から出て、門のところにある郵便受けから中に入っていた物を取り出すところだった。
「進藤!!」
アキラがそう言って駆け寄ると、ヒカルはぼんやりとした表情でアキラの方を見た。
酷く顔色が悪い。しばらくただ黙ってアキラを見つめていたがハッと我に帰ったようになった。
「塔矢…!?」
ヒカルの手から郵便受けから取り出した物が下に落ちた。
バササッと何枚もあるそれはやはり例の人形の写真だった。
アキラが駆け寄ってヒカルの体に手を添えるとヒカルは
怯え切った目でアキラを見つめた。
そのまま気を失うように倒れ掛かり、アキラは驚いてヒカルの体を支えた。
「しっかり、進藤…!何があったんだ!」
アキラはヒカルをその場に座らせて、地面に落ちていた写真を集め、一瞬躊躇したが
思いきって一枚一枚眺めた。そして眉を潜め、唇を噛み締めた。
紐で縛られた人形の上にロウソクのロウを垂らすもの、何か白い液体がかけられているもの、
拷問機具のような物に人形を座らせているものなどをいろんな角度で写したものだった。
アキラはヒカルを部屋まで連れていって座らると台所に行き、コップと冷蔵庫から
水のペットボトルを探し出してヒカルのところに運んで来た。
(19)
アキラがコップに注いだ水をヒカルの手に渡す。まだ震えているヒカルの手にアキラも手を
添えるようにしてヒカルに水を飲ませた。半分程飲み干すとヒカルは息をついた。
「少しは落ち着いた?進藤…。」
「ん…、ありがとう、塔矢…。」
「何があったのか、話せるかい?」
そう尋ねるとヒカルはまた思いつめたような表情をしたが、声を震わせながらもアキラに
今までの夢の事と、今朝からの事を話した。
母親が出かけた時に郵便受けの中に写真が何枚も入っているのを見た。
そして急激に強い眠気に襲われて、それからの事は何も覚えていない。
棋院会館へ自ら仕事を休むと連絡を入れた事も、ヒカルは覚えていないようだった。
ただ、気がつくとやはり人形と同じように再び全裸で赤い紐に縛られて床に転がされていた。
今度は両腕を背中の後ろに縛られていて、うつ伏せで両足を大きく開かされていた。
「そして…」
ヒカルはそこで言葉を鈍らした。写真と同じ目に遭わされた、とアキラは察する事が出来た。
「…今朝君が受け取ったのは、こっちの写真だね。」
ベッドの脇に数枚散らばっているのをアキラが手にとった。それらをアキラが眺めるのを
隣でヒカルは唇を噛んで耐えていた。
縛られて床にうつ伏せになった人形の臀部の奥に棒のようなものが突き立っていた。
「…つまり、写真で見た事が夢の中で起こり、夢の中で起こった出来事が現実に体に残されて
しまうということか…。」
アキラの言葉にヒカルが頷く。
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アキラが手を伸ばし、ヒカルの手首や首元を確かめようとする。
ヒカルは一瞬体を強張らせたが、アキラに身を任せた。
そこには確かに痛々しい傷跡が残されていた。
アキラに見られる事でさっきまで自分が味わった悪夢が鮮明にヒカルの中で蘇って来る。
冷たい床。自由にならない手足。そして相手の指が前回と同じように
執拗にヒカルの体の部分を弄る。
「経験がないようだから、あまり負担がかかるのも可哀想だからね…。」
男はそう言うと何かドロリとしたものをヒカルの股間の間に塗った。
「嫌だ…っ!!」
ヒカルの哀願は無視され、何か固い物がそこに押し当てられる。
「いやあっ…あっ…あ…」
ぴりぴりと身を裂かれるような感覚。それはヒカルの肉壁をじわりと押し広げて奥へ奥へと
進んで来る。
「ああ…っ、うーん…っ」
無機質な冷たい物質に体内を犯される感触にヒカルは為す術もなく翻弄され、ただ一刻も早く
悪夢から目覚めるのを待つしかなかった。
「辛いのかい?その割には、君のここはとても喜んでいるみたいだがね。」
男はそう言うとヒカルの体と床の隙間に手を入れてヒカルの腰を少し浮かし、
下肢の中心で固くなりかかったヒカル自身に触れて来る。
そんなはずはない、とヒカルは思った。
だが限界近くまで押し広げられた腸壁にごつごつと異物が当たる刺激が続くうちに
痛みが遠のき、じわりと体の中心に切なく甘い電流が流れ始める。
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