金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 16 - 20


(16)
「やっぱりダメだ!送る!」
ヒカルの腕を掴んだまま、アキラは立ち上がった。有無を言わさぬその態度に、ヒカルは
完全に怒ってしまった。
「もういい!塔矢のケチ!オレ、一人で乗る!チカンに遭ったら、オマエのせいだからな!」
アキラを突き飛ばし、言い捨て駆け出した。

 おまけに間の悪いことに、ちょうどその時、ホームに電車が入ってきた。アキラは舌打ちすると、
慌ててヒカルの後を追った。彼は酔っているとは思えないほど、軽やかな足取りで電車に向かって
駆けていく。ヒカルの華奢な太腿あたりで、スカートが翻っていた。
―――アレ?
 なんだろう……この感じ…前にもあったような…………
軽い既視感を感じて、アキラは頭を振った。自分の視線の先でヒラヒラ舞うスカートに、
何故か覚えがあった。
アキラが奇妙な感覚に囚われているその隙に、ヒカルは電車に乗ってしまった。
「いけない!」
落ちかけたスピードを急いで上げた。
 何とか滑り込むことができた。跳ねている息を整えるため、ドアに少しもたれるようにして
腰を落とした。俯いた視線の先に、細い足首には不似合いなガッチリとしたスニーカーが
見える。そのまま、視線を上へとずらす。ヒカルはちゃっかり自分の前に立っていて、ニッと白い歯を見せた。

 ヒカルがアキラの隣へ移動して、同じようにドアにもたれ掛かった。
「怒ってるみたいだな…」
「別に…」
それはウソだ。確かに自分は怒っている。ヒカルは、アキラが絶対自分の後を追ってくると
確信していた。知っていて、ワザとあんな風に振る舞ったのだ。
――――くそっ…!この…小悪魔…
いくら酔っているとはいえ、こう振り回されては堪らない。そして、それに結局逆らうことの
出来ない自分…その事実に、彼に対する以上の怒りがあった。


(17)
 「塔矢、いっつも怒ってばっかだよな…」
「キミが怒らせるようなことばかりするからだろう…」
ヒカルの方を見ないように意識した。もし、見てしまったら、怒りを持続するのが難しい気がした。
彼の甘ったるい舌足らずなしゃべり方や、くるくると変わる表情はとても愛らしく、アキラを
魅了する。そして、それを悟られまいとして、自分はワザと突き放した言い方をしてしまう。
 「塔矢…」
ヒカルが顔を覗き込んできた。大きな瞳が少し揺らいでいるように見える。
「………ゴメン…」
アキラは返事をしなかった。怒りよりも驚愕からだった。ヒカルがあまりに素直なので、
どう反応していいのかわからなくなったのだ。いつもこれくらい素直だと、アキラも対処しやすい。
だが、ヒカルは、そんな自分をからかうように、好き勝手に振る舞うのだ。
 無言でムッと前を見ているアキラを見て、ヒカルは悲しそうにして、目を伏せた。
そして、アキラの側を離れると、そのまま車両の真ん中あたりへ移動してしまった。


(18)
 「あ…」
アキラはヒカルを追おうとしたが、ちょうどその時電車が止まり、乗客に押されるまま
ヒカルと反対の方へと流されてしまった。
 アキラはヒカルが気になって、チラチラと何度もヒカルの方へ視線をやった。すっかり
満員になってしまった車両の中では身動き一つままならない。
 他の乗客達に埋もれるように立っているヒカルの表情は、よく見えなかった。
『もう、なんで離れていくんだ。ガードしろって言ったのはキミの方じゃないか…』
今のヒカルはどこから見ても可愛い女の子である。チカンにあっても不思議はないのだ。
 その時、俯いていたヒカルの頭がピクンと跳ねた。何かを避けるようにして、身体を捩らせているのが、
わかる。半泣き顔で、あたりをきょろきょろ見渡して、誰かを捜していた。
『ああ…もう、バカだな…!キミは…』
助けに行きたいが、腕も自由に上がらない。

 「進藤!どうしたんだ!?」
ヒカルに向かって大きく声をかけた。周りの乗客が、一斉に自分に注目する。恥ずかしかったが、
仕方がない。自分が恥を掻くよりも、彼を安心させることの方が重要だ。
 その声のおかげで、ヒカルもやっとアキラを見つけることが出来た。彼は、最初は大きな目を
まん丸にしていたが、ホッとしたのか暫くしてから顔を歪めて、泣き出しそうな声でアキラに訴えた。
「誰かが…スカートの中に手ぇ突っ込んで…お尻にさわってるんだよぉ…」
と、ヒカルが言った瞬間、彼の真後ろの男の身体が僅かに揺れた。その男は慌ててヒカルから
離れようとしている。
「あ…離れた…」
気の抜けたようなその声に、周りの乗客達がクスクスと忍び笑いを漏らす。ヒカルは、きょときょとと
不思議そうに周りを見渡し、それから赤くなって俯いた。
 彼らが笑ったのは、ヒカルをバカにしてのことではない。ヒカルの無防備さと素直さが
とても可愛らしく映ったからだ。実際、自分も当事者でなければ、一緒になって笑っていただろう。
本当に可愛いものを見たと…。


(19)
 次の駅に着いたら、ヒカルを迎えに行こう。彼が何処まで行くつもりかはわからないが、
こうなったらとことん付き合う。ヒカルの気がすむまで、ずっと一緒にいよう。アキラは、
ホームに電車が入っていくのを目の端に映しながら、ヒカルを見つめた。
 ところがその肝心の相手は、ドアが開くと同時に、またもやアキラを残して飛び出して行ってしまった。
もういい加減に追いかけっこは勘弁して欲しい。必死で追い掛けるアキラの前をヒカルが
駆ける。ヒラヒラ軽いプリーツスカート。
あ、まただ―――――
こんな光景前にもあった。でも、それが何時、何処でだったのかまでは思い出せない。
 ふと目を上げると、僅かだが距離が開いているように見えた。アキラはさっきみたいに
引き離されないように、考えることをやめた。

 改札を抜ける直前で、ヒカルを捕らえた。捕まえたその腕を力任せに引き寄せると、彼は
簡単にくるりとまわってしまった。そして、そのままバランスを崩して、倒れかけた。
「わわ…っ!?」
慌ててヒカルの腋の下に手を差し入れて、彼を支えた。
 腕に感じる彼の重みにドキリとした。こんな風に触れるのは初めてだった。掌に彼の鼓動が
伝わってくる。
 ヒカルは支えている腕に身体を預けるようにして、ボンヤリとアキラを見上げていた。
まだアルコールが抜けていないのか、目元がうっすらと赤い。
 そんな目で見つめられると誤解してしまう。首を振って、右手でヒカルの脇を支えながら、薄い背中に左手を回した。
『進藤って…やっぱり細い…』
頭の隅でそんな感想を抱いた。
 アキラはヒカルの身体を少し持ち上げ、しゃんと立たせた。


(20)
 最初は茫然としていたヒカルの表情が見る見る険しくなっていく。ヒカルはキュッと唇を
噛みしめると、アキラに向かって怒鳴った。
「バカ!マヌケ!塔矢の役立たず!オマエのせいで、チカンにあったじゃねえか!」
「は…?」
猫のようにふーふーと逆毛を立て、アキラを威嚇する。
 突然どうした言うのだろう?チカンにあってショックを受けたのだろうか?だが、これに
関しては自分にだって言い分がある。
「キミが勝手に離れたんじゃないか……」
「だって…!」
淡々としているアキラと対照的に、ヒカルは既に半泣き状態だ。
「だって…本当にチカンされるとは思わなかった…!」
ヒカルの両方の目から、涙がポロポロ零れ始めた。
 これは反則だ…どう見ても自分の方が悪者ではないか…周りの視線が痛い。いや…それよりも
胸がズキズキする。
「ゴメン…悪かったよ…」
 アキラは一言そう謝ると、しゃくり上げるヒカルの手を引いて改札を出た。あそこはあまりに
人目がありすぎる。静かな場所に行きたかった。



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