失着点・境界編 16 - 20
(16)
「な、オレの言っている事、分かるだろ。」
和谷はヒカルのつぶやきを同意と受けとってホッとしていた。
「…まあ、確かに塔矢って中性的って言うのか?そういう好奇心持たせる
ところがあるからな。ちょこっとクラッとなる気持ちも分かる。でも男同士で
そういうのは…」
ヒカルは和谷の首に腕をまわすと、和谷の唇に自分の唇を軽く触れさせた。
「オレは…カンベン…」
和谷はきょとんとした顔になった。
「…進藤、今何を…」
ヒカルは今度は自分の両手で和谷の顔を挟んで引き寄せ、今度は深く
和谷の唇と自分の唇を重ね合わせた。和谷が一歩後ろに下がろうとする。
ヒカルもそれに合わせて一歩進む。アキラがするようなキスを、和谷に
与えた。和谷はただ驚いたように目を見開いてヒカルの両肩を掴んで
体を引き離した。
「し、進藤…、」
ヒカルはかすかに笑みを浮かべていた。和谷は一瞬ゾクリとなった。
そしてヒカルは和谷を部屋の方へ力任せに押し戻し、隅に畳んであった布団の
上に二人で倒れこんだ。そしてもう一度和谷の体の上にのしかかるようにして
和谷の唇を吸い、舌を入れた。
「やめろよ…、進藤…!?」
唇から今度は耳へ、そして首筋にキスを這わせる。混乱しきった和谷は
何とかヒカルを押し退けようとするが、キスが再び唇に戻ると動きを止めた。
それほどにヒカルのキスは甘美で妖艶で衝撃的なものだった。
(17)
和谷の心の障壁を取り払うのは簡単だった。
ヒカルを押し退ける方向に力が入っていたはずの和谷の両手はいつの間にか
ヒカルの背中から腰を抱き引き寄せていた。
ヒカルの首元を鏡に突き付けた時から和谷は興奮していた。
アキラとヒカルの様子を不審に思い後をつけ、廊下の突き当たりの
曲り角の向こうに微かに響くヒカルの吐息まじりの声を聞いた時から、
おそらく和谷自身自覚していなかっただろうが、ヒカルに劣情を持ったのだ。
ズボンの上からでもそれははっきり分かった。
ヒカルは和谷の舌を吸いながら右手でファスナーを下げ、和谷の高まりに
直接触れた。塞がれた口の中で和谷が声を上げる。
張り高まった和谷自身は熱を持ってヒカルの手の中でさらに硬度を増す。
ヒカルは体を起こすと自らズボンを脱いで、裸の下半身で
和谷の上にまたがった。
「し、進藤…!」
「…わかるよね…、ここに入れるんだよ…。」
和谷自身に手を添えて、先端をその箇所にあてがいヒカルは体を沈めた。
「あ、ああっ…!」
苦し気に声をあげたのは和谷の方だった。ヒカルは和谷自身の固さだけを
頼りに準備の出来ていない狭門を突き通させた。ヒカルの額に脂汗が滲む。
あまりのきつさに一瞬和谷のが萎えかけるが、ヒカルが再び和谷の唇を求め、
耳元で一言二言囁くと再び固さを取り戻した。
「もっと深く…入って…和谷…」
言われるままに和谷はヒカルの腰を両手で押さえると、腰を突き上げた。
(18)
激しく鋭い痛みがヒカルの体芯を貫いた。
「…っ!!」
思わず腰を浮かしそうになり、唇を噛み締めて踏み止まり奥深くへ和谷自身を
受け入れる。
「進藤、…お前、辛いんじゃないのか?」
おそらく生まれて初めての感触に高まり呼吸を荒く乱しながらも和谷が
心配気に声をかけてきた。ヒカルは答える代わりにキスを重ね、少しずつ腰を
動かす。抜けそうなところまで和谷を吐き出し、体が触れるまで収める。
「ああ…っ」
本能的に勝手がわかるのか、和谷もじきヒカルのリズムに合わせて腰を
突き上げ、下ろすようになり、次第にそのテンポを早くする。
ヒカルに対する思い遣りより己が階段を上り詰める事に専念し始める。
ヒカルは固く目を閉じて苦痛と異物感のみ受け取っていた。
それで良かった。イクつもりは最初からないのだから。
ヒカルのシャツの背中が冷たい汗でびっしょりと濡れていた。
「ううっ…んっ…!!進藤…!!」
ヒカルの体の下で和谷の体がビクンと振れた。直腸の中に熱いものが
滲みていくのを感じた。和谷はヒカルの背中に両腕をまわしてきて
強く抱き締め、人の中で出すという衝撃的な初体験の余韻に浸っていた。
シャツを通して和谷の心臓の鼓動がヒカルの胸に響いてきた。
ヒカルはその和谷の腕から逃れるように体を離した。
「進藤…?」
「これでわかっただろ。頭が変なのは塔矢じゃなくてオレの方なんだよ。」
(19)
程よい興奮に上気していた和谷の顔色がヒカルの言葉に急速に色を失う。
「進藤…!」
ヒカルは素早くズボンをはきハンガーに掛かてあった自分のスーツの上着を
掴んで出ていった。和谷もズボンのファスナーを上げヒカルを追おうとした。
その時、ヌルリとしたものが手に触れた。真っ赤な血。
ヒカルが体を離した時に接合していた周辺に体液と共に散らしていったもの。
「…進藤…!!」
和谷は血の付いた手を見つめ、握りこみ、叫んだ。
「ちくしょおおーっ!!」
木製の物入れのドアをぶち抜く。甲が割れてヒカルの血の跡の上に新たな血が
流れて落ちた。その手のまま頭を抱えて座り込む和谷の頬を涙が伝わる。
「…進…藤…!」
ヒカルは真直ぐにアキラのアパートへと向かっていた。少し歩くのが
辛かった。出血しているのは分かっていたが、黒色のズボンだし夜だったので
あまり気にしなかった。
和谷には残酷な事をしたと思う。だが不思議とあまり胸は痛まなかった。
むしろ清々としていた。和谷のおかげで気が付いたのだ。
とっくの昔にアキラは自分の傍らにいたのに、いてくれたのに、自分が
アキラを隔てて遠ざけていた。あいつは自分とは違うという偽の暗示の影で、
自分はあいつと違うと思おうとしていた。
いつでも人知れずアキラとの関係を無かった事にできる場所に居続けようと
していたのだ。
そんなことはできやしないのに。
(20)
スペアキーを使ってアキラのアパートの部屋に入る。このカギを使うのは
あの日の朝以来だった。ここへはアキラと一緒に来るか、アキラがいる時
に来ていただけだった。留守の時は、入らなかった。今までは。
アキラはまだ戻っていなかった。
とりあえずヒカルはシャワーを浴びて内股の汚れを落とした。
血は止まっていた。だが指でその部分に触れると腫れ上がって
かなりの痛みを伴っていた。ヒカルはその痛みをこらえて指を挿入し、
それで出来るのかはよく分からなかったが、中を洗った。
いつもアキラが出してくれる棚の上からタオルを取って体を拭いた。
作り付けのクローゼットからなるべく黒っぽい色のスウェットを選んで着る。
「どれでも自由に着ていいよ」と、アキラがヒカルが好みそうな
色や柄の物を選んで買ってきたものばかりだった。
ベッドにもたれて床に座り、アキラの帰りを待った。
不思議と心が落ち着いていた。
今夜、本当の意味でアキラを手に入れる。アキラをオレのものにする。
単純だが深い決意をしたのだ。
そしてドアのカギ穴にキーを入れる音が響いた。
ドアの向こうの相手はドアが開いていた事に気付いてすぐにもう一度キーを
使い、アキラが入ってきた。ヒカルを見てほっとしたような笑顔をする。
「遅くなっちゃってごめん。帰っちゃってたらどうしようって思った。」
そう言ってアキラはスーツを脱いでハンガーに架けると、バスルームに
向かおうとした。ヒカルは立ち上がるとそのアキラの腕を掴んだ。
「シャワーは浴びなくていいよ、塔矢。」
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