ピングー 16 - 20
(16)
背中についた泡は、そのままお湯の勢いで下に滑り落ちて、排水溝の中へと消えていった。
「ほら、こっち向けよ。前も拭かなきゃいかんだろう?」
乱暴に振り向かされながら、ヒカルがつぶやいた。
「どうしよう。お母さんに泊まるって、いってない……」
「そんなもの、後で俺が電話してやる」
下手に話されて、保護者に昨晩の失態を感づかれては、おおいに迷惑だ。
まさか進藤ヒカルが、自分から親に『男にレイプされました』などと告白するとは考え
にくいが、親には、ほんのちょっとした口調の違いや、口ごもり方で、言葉にしない
ものまで伝わってしまうことがある。
緒方は、シャワーの湯をヒカルの顔に当てた。突然、顔の正面から水流を当てられて、
ヒカルが顔を背ける。
その顔を、左手で引き戻して、間近から目を覗き込んだ。
踏み込むなら今かもしれない。
「なあ、進藤。どうして、俺が夕べあんなことしたと思う?」
「あ、あんなことって……」
「こういうことさ」
緒方の手が、まだあらわになったままのヒカルの股間に延びて、そのペニスを掴んだ。
逃れようとするヒカルを、壁際まで追いつめる。
「おまえ、夕べのこと、夢だと思って忘れようとしてただろう?」
湯の下でピクリと揺れたヒカルの肩の感触に、思った通りだったことがわかる。
それじゃ困るのだ。それでは、このゲームは始まらない。
「夢だと思いこむにしては、これは無理があると思うんだがな」
ペニスを掴んだ手を放し、それを後腔に這わせる。指でその入り口をいじると、すぐに
そこから白い残滓がしたたりおちた。
(――ずいぶんと量が多いな。一回だけじゃなかったかな)
自分がなんとか記憶に留めているのは、最初の射精までだったが、酔っぱらった勢い、
実はその後も勢いあまって二回目、三回目と進藤ヒカルをいじめていたのかもしれない。
指先でたどるその場所は、腫れているのが感触だけでもわかった。少し強くこすると、
タイルに落ちる湯に、僅かだが血が混ざった。
ヒカルは、自分の両肩を抱えるようにして縮こまっている。
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その小さくなった体に誘われて、緒方の分身はあっと言う間にその気になっていた。
(誘ったのは、お前だぜ。男の前で、そんなにしおらしい怯えた姿をみせるもんじゃないな)
緒方は、シャワーを床に落とした。
空いた両手でヒカルの腕を肩から引きはがす。ヒカルは抵抗したが、まだ成長途中の体は、
育ちきった大人の腕力に屈した。
壁に押し付けて唇を奪う。
まだ本格的なキスの仕方を知らないのだろうそこに、初めて他人の唾液の味を教えた。
あきらめたように、ヒカルの体から力が抜ける。
緒方は濡れたズボンの前を降ろして、自らの熱の根源を、湯煙の向こうのヒカルのうしろの
すぼまりに押し付けた。
洗浄されて柔らかくなっていたそこに、太く大きなそれは、ゆっくりと押し込まれた。
重ねた唇の下で、ヒカルが逃れようと呻いていた。もがく腕ごと一緒に抱きしめた。
すぐに緒方の固いそれが前後に動き出す感覚から逃れようと、ヒカルは足をばたばたさせて
緒方を蹴ろうとする。
(うっとおしいな)
暴れる右足をつかんで、高く掲げ、自分の肩の上にかけた。
これでヒカルは自由に動けない。
あとはただ、緒方に好きなように喰らわれるしかない。
前後左右に動く緒方の尖端に、ヒカルは腸壁のあらゆる場所を突かれて、喘ぎ声を
あげた。
痛みと、それにともなう体の奥から湧き出てくるような不思議な感覚に、戸惑って
首を振った。
男にそんな所に、排泄器をつっこまれて、わずかでも快感を感じている自分が信じ
られなかった。
時折、じっと唇を噛んで、我慢してみたりもしてみたが、それに緒方はすぐに気付いて、
わざと突き上げる場所を急に変えてくるので、ヒカルの口はすぐに開いてしまい、
変な声を出す。
湯を噴き出し続けるシャワー口が、ちょうどつながる部分の近くにあり、その部分に
熱い雨を降らせていのがわかった。
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シャワーが出しっぱなしでよかったと思う。自分の変な声をはっきりと聞かずにすむ。
中をこすられているうちに、熱さにも似た痛みとともに、その場所から広がってくる
痺れを感じる。
昨日の夜と同じだ。ヒカルは少し目を開けた。
ほとんど目の前に、緒方を受け入れている自分の下肢があった。痛いばかりだと思って
いたはずが、自分のもすっかりたち上がっている。
股は大きく開かれて、左足はタイルに投げ出されていたが、右足は緒方の肩に乗って、
緒方の動きに合わせて揺れていた――慌てて目を閉じた。
緒方の動きが、腰を持ち上げるようなものに変わり、腹を内側から上に持ち上げるような
そのダイナミックな動きに、ヒカルの喘ぎは再び悲鳴に変わった。
緒方の動きに抗おうとして体をよじったら、突っ込まれた熱棒が引き抜かれそうになって、
ヒカルは女みたいなねだる声を上げていた。
苦しい。つらい。なのに――やめて欲しくはないのだ。
「せん……せぇ……っっ!」
ヒカルは観念して、緒方に手を伸ばす。
自分の体を支配しつつある、未知の感覚から逃れたかった。
だが、今目の前にいる、ヒカルをそこに追い込んだ張本人しか、どうにかしてくれ
そうな人間はない。
延ばされた手首を緒方が掴んで、跡が残るほどに吸った。
ざあざあと響く湯音の中で、二人の体がぴったりと重なり合い、規則正しいリズムに
揺れていた。
浴室が静かになり、湯音が止まったのは、それから程なくのことだ。
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緒方は力なく、背を浴室の壁に預けたヒカルを見下ろした。
激しい情事の余韻に、目元まで薄赤にそめているが、視線はどこも見ていないよう
だった。
体を床に投げ出したような、そのしどけない様がまた色っぽくて、緒方は、進藤ヒカルの
中にいれたままの己の一部が、不満を訴えるのを聞いた。
だが、これ以上、この少年を追いつめては、ここでそうそうにゲームオーバーだ。
面白半分に年下の棋士相手、しかも男に猛ってしまった自分をおかしく感じながら、
緒方はゆっくりと固まりかけた自身の肉棒を引き抜いた。
一度止めたシャワーを、もう一度出して、今度は丁寧にヒカルの体を洗ってやる。
緒方は、シャワーを止め、バスタオルを取って、ヒカルと自分の体を大ざっぱに
拭くと、再びヒカルを抱え上げ
寝室へと運ぶ。
「しばらく、そこで休んでろ」
柔らかな布団にヒカルを裸のままくるんで寝かせ、自分も着替えると、湯を沸かし、
冷蔵庫をあさって簡単な朝食の用意をする。
普段は、朝食など外食で軽くすませるのだが、この状態の進藤ヒカルを連れて、
出歩くわけにもいくまい。
ジャッと、フライパンに油がひかれる音がする。目玉焼きにしようと思った卵は、
慣れないせいか黄身が見事に崩れたので、そのままスクランブルエッグにしてしまった。
あいにく、野菜類の買い置きなど一切ない。
黄色いスクランブルエッグと、トーストされた厚切り食パン。そして砂糖が申し訳
程度に入ったコーヒーという、無味乾燥な朝食が、灰色の部屋のテーブルに並んだ。
「進藤、起きれるか?」
新しいワイシャツを持って、寝室に迎えに入る。疲れからの睡魔に襲われていたの
だろう進藤ヒカルを無理矢理おこした。
恨みがましい目で見られたが、そんなのは女で慣れている。
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彼にはだぶだぶの青いシャツを着せ、歩くのも辛そうなのを助けて、食卓につかせる。
「いってぇ……」
涙目で訴えられた。座ると一番つらい場所に負担がかかるらしい。なるほどと思い、
バスタオルを二枚畳んで、座布団変わりに椅子にしいてやった。
「おまえんちの電話番号教えろよ。親に言い訳しといてやるから」
まだ、どこか茫然とした表情の進藤ヒカルに、マーガリンを薄くぬったパンを挿しだし、
緒方は電話の受話器に指をそえた。
まだ半渇きのぼさぼさの髪のままパンをかじるヒカルは、どこからか拾ってきた子猫の
ようで、意外と愛らしい。
「あ、もしもし、朝早くに申し訳ありません。緒方と申しますが……はい、ヒカル君の
ことで……いえ、迷惑など……こちらが強引に食事につきあわせてしまいまして、遅く
なってしまったので……とんでもありません。夕べのうちに電話をお掛けできればよかっ
たのですが、こちらも気がつきませんでした。ええ。まだ寝てますよ。分かりました。
昼過ぎには帰るように言い聞かせて……いえ、どうかお気遣いなく……」
小さな電子音とともに、緒方の指が通信を切った。
沈黙が、ダイニングに落ちた。
「先生、なんであんなことしたの?」
「何故、そんなことを聞くんだ?」
「先生が俺に、さっき、そう聞いたんじゃん!」
「考えてみろよ、自分で」
「…………」
「俺のこと好きだから?」
緒方は口に含んでいたコーヒーを、噴き出しそうになった。
いや、確かに自分がヒカルの口から最終的に引きだしたかったのはその言葉なのだが、
こうも簡単に出てくるとは思わなかったのだ。なんというか、もっと、こう、辿り着く
までに紆余曲折の会話があってしかるべきではないだろうか?
自分を有無を言わさずにレイプした、しかも同性の人間にどうしてそうも、ストレートな
答えがでてくるんだろうか?
もしかして今時、sex=愛情を頭っから信じているのだろうか? まさかな。
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