初めての体験+Aside 16 - 20


(16)
 最悪な気分で戻ってくると、ヒカルとアキラは十秒碁を再開していた。
「あ、社。先にやってるよ。」
ヒカルが笑顔で迎える。
「進藤、よそ見しない!」
アキラがヒカルを叱った。そして、社を見て、フッと笑った。
 社は赤くなった。自分が今何をしてきたのか、見透かされている。
『そうや!進藤で抜いてきたんや!悪かったな!』

 二人の打つ碁を見ながら、社はこの超早碁勝ち抜き戦に賛成した自分を後悔していた。
アキラに提案されたときは、単純に面白そうだと思って参加したのだが…一晩中打ち続ける
というのはどうも無謀だったような気がする。
 社は学校が終わるとすぐに、東京へ出てきたのだ。精神的にも体力的にも疲れていた。
だが、ここで戦線を離脱するのは嫌だった。
 自分が今倒れたら、アキラはヒカルをガンガンにヤリまくるに違いない。しかも、社の
すぐ側で…。
アカン!それだけは絶対イヤや!
 かといって、ヒカルが離脱すれば、自分はアキラに喰われてしまう。それもゴメンだ。
 一番いいのは、アキラが抜けることだが、そんなことはあり得ない。ヒカルと自分を
二人切りにするわけがない。
絶対塔矢はオレを道連れにする…どんな手を使っても…

 この対局は、パリ・ダカールラリーよりも過酷かもしれへん…。
社は戦慄した。二十四時間耐久レースは始まったばかりだった。


(17)
 社は、迫り来る睡魔を気力でかわしつつ、何とか最初の波を乗り切った。次の波が来るのは、
また何時間か後であろう。アキラは、何か薬物でも使っているのか、まったく平静で
疲れたそぶりも見せない。
――――くっ…!負けたら…塔矢より先に寝たらアカン…!
社は、アキラをキッと睨み付けた。アキラも社を厳しい目で見つめている。
 社とアキラが水面下で、そのような激しい戦いを繰り広げているとは夢にも思っていないのか
ヒカルは二人の盤上での攻防に目を奪われていた。
「スゲーよ!二人とも!」
と、単純に二人の熱い戦いを賞賛した。
『ちゃうねん…進藤…コレは碁の勝負と違うねん…』
ヒカルは自分が賞品だとは思っていない。アキラと社も公言したわけではない。だが、
二人の間でいつの間にか暗黙の取り決めがなされていた…ような気がする。あくまで気がするだけだが…。
 アキラが負けた場合はともかく、自分が負けたときは悲惨だと思った。
―――――要するに寝なかったらエエんやから…
気合いと根性で乗り切ってやる。


(18)
 しかし、眠りの妖精は思わぬ所に舞い降りた。
「ふわぁ…」
ヒカルが小さく欠伸をした。なかなか決着のつかない勝負に、ヒカルの方が疲れたらしい。
『進藤――――――!寝たらアカン!』
社は心の中で叫んだ。ヒカルの身体は、微妙に揺れている。そして、徐々にアキラの方へ
倒れ込んでいった。
「大丈夫かい、進藤?」
アキラがヒカルの肩を抱いて支える。
「う―――うん…平気…」
ヒカルは目を擦った。何とか瞼を持ち上げようとするが、どうしても出来ないらしい。
「無理しないで…寝てもいいんだよ?」
優しい言葉。ヒカルには、べたべたに甘いアキラであった。
 アキラは、ヒカルの髪を梳きながら、そっと抱き寄せた。そして、社の方に顔を向けると
口元だけで笑った。
―――――なんや!?その笑いは?
ヒカルは自分のモノだと言いたいのか、それともこれから酷い目にあうであろう社への冷笑か?
『アカン…このままやったらオレはヤられる…』


(19)
 「負けました!」
社は叫んだ。と、同時に、ヒカルの目がパッチリと開かれた。
「じゃ、次はオレの番!」
 無邪気に喜ぶヒカルと、場所を入れ替わる。本当は、まだやれる。しかし、時には
勝負を捨てても守らなければならないモノもある。
『本音は塔矢が怖いだけやけどな…』
 横目でチラリとアキラを見ると、彼は涼しい顔でもうヒカルとの対局に入り込んでいた。

 それから、何時間経ったのか…気が付くと夜は明け、もうすでに昼前だった。
「ありません…」
社との対局でのアキラの言葉である。素直に喜べない。なぜなら、アキラが薄笑いを浮かべて
自分を見ているからだ。コレは、心理作戦だと思った。アキラの行動に、自分がいちいち
ビクつくのを面白がっているのだ。それでも動揺してしまう。喉がからからで、口の中が
粘つく。
「進藤…お茶一杯いくれへん?」
 その瞬間、アキラの瞳が鋭く光った。


(20)
 「お湯がない」と可愛く訴えるヒカルに
「沸かしてこいよ。」
と、アキラは傲慢とも取れる言い方で返した。いつものアキラなら、こんな言い方をしない。
―――――関白宣言!?いや、それより進藤を台所に追いやって、その間にオレに何を
するつもりなんや!?
社の心臓はフルマラソンをした後のように、ドキドキしていた。
「え――!?お前が抜ける番じゃんか!」
ヒカルが言い返した。
―――――そうや!ガンバレ!進藤!
 こんなに小さくて可愛いヒカルに頼るなんて、情けないことこの上ないが、この後の
展開が容易に想像できるだけに、是非ともヒカルにはがんばってもらいたいと切に願う
社であった。(長い上にくどい)

 社が二人の戦いをドキドキしながら見守っていたとき、タイミング良く玄関のチャイムが
鳴らされた。
「倉田さんだろう。」
チッと小さく舌打ちをして、アキラは玄関へと向かった。
 社はホッと胸をなで下ろすと、自分も台所にお湯を沸かしに行くために立ち上がった。
ヤカンに水を入れながら、ふと気が付いた。
「オレ、お湯とかお茶とかゆうとる…」
いつの間にかうつったらしい。
「もぉ―進藤が可愛いからオレにまでうつってしもたやんか(はあと)」
思わずヤカンに“の”の字を書いた。アキラも同じ言葉遣いだったことは、すでに
社の脳内から抹消されていた。



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