痴漢電車 16 - 20
(16)
しくしくと泣き続けるヒカルを嬲っているアキラの背中に、敵意混じりの視線を感じる。
それも、ひとつや二つではない。
ゆっくりと周囲を見渡した。何人かの乗客が、自分を睨み付けている。そして、時折、
アキラの腕の中のヒカルを労しそうに見ていた。
―――――なるほど………
どうやら、自分は可愛い女の子を泣かせる意地悪な恋人だと思われているらしい。アキラが
ヒカルに施している行為は彼らには見えていないようだった。
『残念ながら“まだ”恋人ではないんだけどね………』
何れはそうなるつもりではあった。そのチャンスが今日巡ってきたのだ。
告白、交際、デート等々すべての過程をすっ飛ばし、このような暴挙に出たのは、先に
既成事実を作ってしまい、ヒカルが混乱している隙に乗じて、ちゃっかり恋人に収まるつもりだからだ。
『こんな可愛い進藤を見て、平気でいられるなんて………みんなどっかおかしいじゃないか?』
だが、そのおかげで今ヒカルはアキラの腕の中にいる。門脇達に感謝だ。
―――――先に手を付けとかないと、他のヤツに獲られるかもしれないからな………
自分でも勝手だと思うが、この機会をみすみす逃すわけにはいかない。ヒカルもアキラに
多少なりとも好意を持っているようだ。たとえ、持っていなかったとしても後から好きに
なってもらえばいいことだ。
どこまでも身勝手なアキラであった。
(17)
ヒカルはもう抵抗をしなかった。先程のアキラの言葉にすっかり怯えてしまったのだ。
「ハメる」という言葉が、どのような意味を持つのか…ヒカルにはまだよくわかっていなかった。
だけど、アキラの口調から、あまりいいことではないように感じた。
「ア……あぁん…」
中に潜る指がいつの間にか二本になっている。
ヒカルはアキラの胸に顔を埋めて、声を堪えようとした。
「ンン……」
ガマンしようとしても勝手に声が出てしまう。列車の音にかき消されて、周りの乗客には
聞こえていないようだが、アキラの耳にはしっかり届いているらしい。小さく声をあげるたび、
中を嬲る指の動きが大胆になった。
足が震えて、立っていられない。実際アキラに支えてもらっていなければ、ヒカルは今にも
倒れそうだった。アキラの太腿の上に跨るようにして、下半身を固定し、上半身は彼に完全に
預けられている。
「ん、あぁ……アァン…」
ヒカルはアキラの胸にしがみついた。体が熱い。頭がおかしくなりそうだった。じわじわ広がる
快感の波に、無意識のうちに腰を足の間に入れられた太腿に擦りつけていた。
(18)
ヒカルは、自分が背にしているドアが開くのをひたすら待っていた。そうすれば、アキラだって、
こんな悪戯をするのを止めてくれる………もし、止めてくれなくても、逃げることが出来る。
チラチラと後ろを気にするヒカルの耳に、アキラがそっと囁いた。
「進藤………そのドア終点まで開かないよ……」
ヒカルはビックリして顔を上げた。アキラの笑顔が目の前にあった。
「キミの考えてることぐらいわかるよ。」
―――――考えてることがわかるんだったら、オレが困っているのもわかっているじゃないか………!
それなのに、どうしてこんな事をするんだよ………なんで、そんな笑ってるんだ………!
『キライだ……!オマエなんか……!』
人の気持ちも知らないで、いつも意地悪ばかりする。ネットカフェで会ったときも、院生の時に
棋院であったときも………それから若獅子戦の時も………プロになったときも………。
『大ッキライだ!』
ヒカルはすすり泣いた。涙が止まらなかった。
(19)
それからどれくらい時間が過ぎたのか………たったの一駅かもしれないし、もう終着駅に
着いたのかもしれない………。ヒカルはアキラに翻弄され続けた。列車が速度を落とし、
ホームに入っていく。
アキラはヒカルをドアの端の方に寄せ、下車しようと動き出す周りの客に巻き込まれないように
庇った。
ヒカルは知らないだろうが、ここは最近出来た新興住宅街がある駅だ。ほとんどの乗客は
この駅で降りてしまう。現に自分たちが乗っている車両も、残っているのはヒカルとアキラの
二人だけ。隣の車両も、一人ないし二人ぐらいの客しか残っていない。週末と言うことも
あり、
帰るにはまだまだ早い時間だ。
アキラはぐったりしているヒカルを抱きかかえて、隅の四人掛けの対面座席へと連れて行った。
ヒカルを自分に凭せ掛けるように座らせた。指先で、涙で濡れている頬に触れると、ヒカルは
閉じていた目をゆっくりと開いた。
「もう、やめて………お願い………」
潤んだ瞳や上気した頬が色っぽい。「やめて」と懇願する唇から吐かれる甘い息が、アキラの
情欲を更に煽る。自分の行動のひとつひとつが、どれほど、アキラの心を揺さぶるかを
ヒカルは気付いていなかった。
(20)
アキラはヒカルを座席に押し倒した。ボックス席は座ってしまえば、周りからはなかなか
見えない。その上、今、ここには自分たち以外は誰もいない。遠慮する必要はないだろう。
「塔矢………!」
セーラーの上着を捲り上げようとする手に、ヒカルは小さく抗った。
「や…ヤダ…」
体を捩って逃れようとする。そのはずみで、上着の脇が裾から胸まで、一気に裂けてしまった。
『ずいぶん簡単に破れるモノだ………こんな作りじゃ無理もないか………』
アキラは感心した。妙に冷静な自分に笑いそうになってしまったが、裂けた上着から見える
ヒカルの肌を目にした途端、体中の血が逆流するような錯覚に襲われた。
「あ!イヤだ!やめて!」
破れた布を捲り上げ、淡く色付いた突起に触れた。ヒカルの体がビクンと跳ねた。そのまま
摘んで、くりくりと捏ねると断続的に声を上げた。
「ア、ア、アァ………!」
白い喉を仰け反らせて喘ぐ様が、普段のヒカルからは想像できないほど、艶冶でしっとりとした
色香を醸し出していた。
ゴクリ―――思わず生唾を呑み込んだ。その音が、頭の中で大きく響いた。
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