夜風にのせて 〜密会〜 16 - 20


(16)

十六
そこへフルーツが盛られたお皿やつまみがテーブルに運ばれてきた。
倉田は待ってましたとばかりに食べ始める。倉田には花よりも団子の方が大切だった。
アキラに酷い仕打ちをされた原因でもある倉田が能天気にガツガツ食べる様を見て、ヒカ
ルはため息をついた。そこへヒカルの手を握りながら目を輝かせて女性たちが話しかける。
「あ、ヒカル君。フルーツ食べる? お姉さんがあ〜んしてあげるよ」
ヒカルは一瞬戸惑ったがアキラを横目にコクンと頷いた。
「それじゃあ何にする?」
「えっと…メロン」
ヒカルは顔を赤らめたまま小さな声でそう言った。
女性たちはヒカルの一挙一動にカワイイカワイイとため息を漏らす。
「はぁい、ヒカル君。あ〜ん」
ヒカルは小さい口をめいいっぱい開けてメロンをほおばった。
「おいしい?」
そう聞かれ、ヒカルは小刻みに何度も頷いた。
「やだ、もう本当カワイイ。ヒカル君、絶対そこらの女の子よりずっとカワイイわよね」
「そうね。女の子だったら、このお店ですぐNo.1になれるくらいレベルが高いわよ」
ヒカルはそんなことないという風に頭を振った。そしてどんな反応をしているのかアキラ
を見る。するとアキラは目を閉じて瞑想にふけっているようだった。やはり自分が原因な
のだろうか。ヒカルは切なげにアキラを見つめた。
「ねぇヒカル君。ちょっと変身してみる気はない?」
ヒカルがアキラを見つめている間にも、彼女たちの妄想は更に膨れ上がっていた。とまら
なくなった彼女らは、ヒカルの返事を聞く前に桑原に「ヒカル君、ちょっとお借りします
ね」と挨拶すると、ヒカルを連れて行った。
動揺したヒカルはアキラの方を見て助けを求めた。だが女性たちに強引に背中を押された
ヒカルは、アキラと目を合わせることなく控え室へ連れて行かれた。
その事態をアキラが唇を噛みしめてじっと耐えているのを、緒方はどうしたものかとやや
疲れ気味に見つめた。


(17)

十七
「カワイイとは思ってたけど…」
「ここまでカワイイと悔しいというより負けたって感じね」
女性たちは愕然とヒカルを見つめる。
ヒカルの顔には化粧が施されていた。色白の肌にほんのりとチークをのせたナチュラメイ
クは、まだあどけないヒカルの顔を可憐な少女に見せていた。
つぶらな瞳をクリクリさせて、ヒカルは鏡にうつる自分の姿を見つめる。高級クラブに勤
めているだけあって、彼女たちの化粧のテクニックはプロ並みだった。だがそれにしても
ここまで自分の顔が女に見えることなどなかったヒカルは、驚いて何も言えなかった。
「この際だからヒカル君、徹底的に女になりきろうね」
そう言うと女性たちはヒカルのために衣装を選び始めた。少女らしい清楚な白のドレスや
落ち着いた大人っぽいベージュのドレスなど、まるで着せ替えごっこを楽しむように何着
もの衣装をヒカルに合わせる。
ヒカルは戸惑いつつも鏡にうつる自分に自信がついたのか、だんだん乗り気になってきた。
「やっぱり赤かな。私たちが着ると派手だけど、ヒカル君みたいに若くてカワイイコが着
るならちょうどいいかもね」
「なんかちょっとショックね。男の子に負けちゃうなんて…」
彼女たちはため息をつくとヒカルに赤のロングのスリップドレスを渡した。
「あの、オレこんなの着れないよ」
乗り気になっていたヒカルだったが、さすがにそれを着ることはできなかった。なぜなら
そのドレスは胸元がかなり開いていて、脚の付け根近くまでスリットが入っていたからだ。
「あん、大丈夫よ。あとでウィッグをつけてあげるし、ストールもあるから胸元の露出は
少ないわよ。それにスリットもそれだけ痩せていれば足が見えることなんてないから」
「でもニセ胸は必要よね。待っててね、今パッドとブラを持ってくるから」
ヒカルを安心させるというより、何が何でもヒカルを完璧な女性に仕立て上げようと彼女
たちははりきっていた。
ヒカルは自分に拒絶する場がないことを知り、あきらめて着替え用の個室に入った。


(18)

十八
「ヒカルく〜ん、着替え終わった?」
その言葉にヒカルは戸惑った。着るには着たが、外に出ることはできなかった。特に自分
に偽物でも胸があるところなど、恥ずかしくて見せられない。
だが女性たちは待ちきれず、個室のカーテンを開けた。
「ひゃっ!」
驚いたヒカルは胸を抱えるようにして個室の隅に隠れた。
「やだ〜、本当に女の子に見えるぅ〜」
そう言うと個室からヒカルを引っ張り出した。
「恥ずかしがらなくていいのよ。ヒカル君、すっごくカワイイから自信を持って」
応援をされ、ヒカルはとりあえずうんと頷いた。だが胸を隠さずにはいられなかった。
「あ、こっちにおいで。今ストールとウィッグをつけてあげるからね〜」
いすに座らされたヒカルの頭に巻き髪のロングのウィッグが付けられる。そして渡された
ストールをはおるとはだけた胸元がだいぶ隠れたので、ヒカルは隠すのをやめた。そして
ゆっくりと顔をあげて鏡を見た。
そこには綺麗な女性たちに囲まれているのに、全く劣らないほど美しいヒカルがうつって
いた。その美しさにヒカルは自分であるにもかかわらず、見惚れてしまった。
「ねぇ、すっごくキレイでしょ」
ため息まじりにそう言われ、ヒカルは思わず頷いた。
「赤いドレスを着たから、仕上げに赤い口紅ぬろうね」
ヒカルの薄い唇にグロスたっぷりの赤い紅をひく。艶やかな赤い唇になったことで色気も
加わり、どこから見ても女性そのものに見えた。
あまりの美しさに、ヒカルは自分が怖くなった。


(19)

十九
「桑原先生、お待たせしました」
「おう、か〜な〜り待ったぞ」
酔いがまわり始めた桑原は遅いとばかりに嫌味ったらしく言った。
「で、小僧はどうした」
桑原の問いに、女性たちはクスクスと笑うと背中に隠していたヒカルを前に出した。
「ジャ〜ン! このように変身しましたぁ」
突然前に出されたヒカルは恥ずかしさのあまり俯いた。だがその恥らう姿も合わさって、
ヒカルの美しさは更に増した。
恐る恐るヒカルは顔を上げると、皆一様に口を開けて総立ちで見つめていた。あの倉田で
さえ食べるのをやめてヒカルを見入っていた。
「本当に、ホンットーに進藤か?」
一番最初に口を開いたのは倉田だった。ヒカルはコクンと頷く。緒方は眼鏡をかけなおし
て、これはと見つめた。そしてアキラを見る。アキラは陶酔の目でヒカルをしばらく見つ
めていた。だがすぐに興味がないとでもいうように目をそらして席に着いた。
アキラの顔色を気にしていたヒカルは、その態度に急に自信がなくなって俯いた。
「小僧、ちょっとこっちに来い」
鼻息を荒げながら興奮気味に桑原は言った。ヒカルは言われるまま桑原の隣へ行く。スリ
ットを気にしながら隣に座ると、桑原の荒い息がかかってきてヒカルは顔をしかめた。
「近くで見てもあの小僧とは全く思えないな」
桑原はそう言うとヒカルのひざをなで始めた。指がスリットの間に入り、ヒカルの足をそ
っとなでる。ヒカルは気持ち悪くてなでるのをやめてもらおうと桑原を見た。だが桑原は
わざとしているかのように気味の悪い笑みを浮かべていた。そしてヒカルにキスをしよう
と顔を近づけてきた。緒方はハッとして止めようとした。
「桑原先生、少々酔いすぎたようですね」
間一髪でアキラが桑原を止めた。ヒカルは泣きそうな顔をしてアキラを見上げる。
「進藤、踊りに行かないか」
アキラはそう言うとヒカルをその場から連れ出した。桑原は惜しそうに舌打ちをした。


(20)

二十
「塔矢、待って。オレ踊りなんかできねーよ」
ヒカルはアキラに話しかける。だがアキラはヒカルの手を引いてどんどん先を行く。ヒー
ルの高い靴しかなかったため、ヒカルは慣れないピンヒールに悪戦苦闘しながらアキラの
あとをついていった。
ダンスフロアーに着くとアキラはヒカルの腰を抱いて踊り始めた。ヒールのせいでいつも
は見上げるアキラの顔が真正面にあり、ヒカルは恥ずかしさから目をそらす。
ゆったりと流れるジャズの音色に身を任せてアキラは踊る。それについていくようにヒカ
ルはぎこちない踊りをした。
ヒカルは怖くてアキラの顔を見ることができない。さっきの態度から、アキラが女装した
自分に呆れているのだろうと思ったからだ。
ヒカルはせめてアキラが恥をかかないようにと踊りに集中した。



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