平安幻想異聞録-異聞- 161
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どうなるかという緊張から解き放たれて、ヒカルはようやくきちんと座って
いた足を崩した。
そのとたん、覚えのある眩暈に教われた。
心臓の鼓動が速い。その音が耳の中で反響するほどに大きくなってくる。
香の匂いは伊角が追いだしてくれたが、それまでに体の内に入れてしまった香の
効果と、無理に飲まされた薬の効果は消えてしまったわけではないのだ。
つい今までは緊張感と、伊角が導き入れてくれた新鮮な外の空気のせいで
押さえられていたが、気が抜けたら、それらが反撃するように体中を襲ってきた。
急に黙り込んで、下を向いてしまったヒカルの顔を、伊角が心配そうに
のぞき込んだ。
「どうしたんだ? なんだか顔が赤いぞ。本当に具合が悪いんじゃないのか?
人を呼んだ方が…」
「いい!」
いたわるように、頬に添えられた伊角の手を、ヒカルは勢い良く振り払っていた。
驚く伊角に、ヒカルは我に返って言いわけをする。だめだ。このままじゃ。
早く帰って貰わないと。
「ちょっと、風邪気味なんだよ。薬は貰って飲んでるから…。大丈夫だから、
伊角さんも、移されないうちに早く帰った方がいいよ」
言う間にも、呼吸が速くなり、体中が高い熱に満たされていくのがわかった。
「近衛…」
「いいから、帰ってくれよ!」
「わかった。賀茂からの預かり物は確かに渡したからな」
ヒカルの態度の豹変振りにとまどいながら、伊角は立ち上がる。
その際、伊角が直衣の裾をさばく衣摺れの音が、床を向いて目を閉じている
ヒカルの耳にやけに大きく響いた。
「じゃあ、近衛、体には気をつけろよ」
その声に、ヒカルは目を開いて、自分に背を向ける伊角の姿を見た。
視界がゆがんだ。
自分が何をしているのかわからなくなっていた。
気がついたら、手を伸ばして、立ち去ろうとする伊角の着物の裾を
掴んでいた。
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