裏階段 ヒカル編 166 - 170
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そうして数日が過ぎた。
進藤はオレの部屋にやって来る事はなかった。
アキラも本因坊戦の予選突破を目前に、オレの部屋に来るのを控えた。
もちろん理由はそれだけではなかっただろうが。
対局を終えてマンションの駐車場に車を入れた時、視界の端に見覚えのある人物の
姿が映った。
暗い地下駐車場の片隅に進藤が立っていた。
車を止めて息を潜めるようにして外に出る。
ゆっくり足を進めて彼の傍に立つ。
幻ではなかった。確かに彼はそこにいた。
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「…本…見せて」
薄暗く蒸し暑い夏の湿度が篭った地下駐車場の中で、オレから視線を外し、
電燈が光るエレベーターへの出口を見つめたままで進藤はそう言った。
「…あ…ああ…」
何かを覚悟するように静かに立つその姿に威圧され、ただ頷くしかなかった。
先日会った時より一段と進藤は大人びた面持ちをしていた。
部屋に入るまで互いに言葉はなかった。
学校は夏休みに入った頃だろう。白いTシャツに派手なチェックの上着にジーンズという
いつもの進藤の私服姿だった。
本棚の前まで行き、読んできた順番に並んだ本の背表紙を指でなぞっていた彼が、その一冊を
抜き出そうとしたがその本はそのまま床の上に落ちた。
進藤の体を背後からオレが抱き締めたからだった。
瞬間、ビクリと怯えるように身を震わせたが、彼は逃げようとはしなかった。
何故来たと、問う事ももはやしなかった。
今度こうして彼を捕らえる機会があったら、もう自分を抑えられないと思っていた。
それは彼が一番よくわかっているはずなのだ。
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夏の日差しの下をこの時間までどこかを彷徨っていたのか、疲労感を滲ませ
汗と都市独特の排気ガスと金属が混じったような埃の匂いを彼は纏っていた。
以前にも似たような匂いを嗅いだ事があるような気がしたが、その時は思い出せなかった。
後ろから彼の肩越しに顔を寄せ、彼の顎を掬いあげるようにして唇を重ねた。
「…忘れたい…から…、……を打ちたいって気持ちを…」
抱き締められ、あらゆる角度で唇を重ねられながら進藤が呟いたような気がした。
「何だって?」
「……ううん…」
既にキスを繰り返しながらオレの手は彼から上着を取り払いベルトを外しに掛かっていた。
壁にもたれ、進藤はただされるままでいて、ぼんやりと部屋の奥にある観賞魚の
水槽を眺めている。
「…シャワー、浴びたいよ…」
彼のそれが全てを了承する言葉となった。
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深く長いキスが続いていた。
シャワーの湯が頭上から降り注ぐ中でひたすら進藤の存在を確かめ続けた。
踏み止まれるような領域はとうに超えてしまっていた。
不思議なくらい彼も落ち着いていた。
そのままキスを進藤の唇から、手折れそうな位に細く滑らかな皮膚の首筋へと移動させる。
進藤が希望したため室内もバスルームも全ての明かりを切ってあった。
微かに窓の外から入り込む光だけの世界で、探るように舌先が彼の薄く平らな
胸元の表面を漂い、それまで存在感の無かった
――その必要もなかった繊細な感覚を持った部位を捕らえる。
進藤が一瞬深く息を吸い込み、切なく吐き漏らす。
激しく脈打つ鼓動を確認しながら、まだ幼い形状でしかなかった双所を
交互に口に含み味わう。それらはやがてはっきりと形を浮き上がらせ、
舌と歯で愛撫する毎に進藤に淡く切ない刺激を送り込むようになる。
躊躇うようなくぐもった吐息が漂い、それが断続的に繰り返された。
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「…緒方…先生…、…オレのこと…す…き?」
ほとんど吐息ばかりの問いかけだった。
「…嫌っているように見えるか?」
「…だったら…優しく…して……この前みたいな…乱暴なのは…いやだ…」
それに応えるようにして下腹部の彼の中心に触れ、手の中に握り込む。
小さくあげかけた声を押し殺し、代りに大きくため息が漏れる。
生まれて初めて他人によってなされるあらゆる感触に彼は年相応に敏感に反応を示した。
「…痛くないか?」
オレの胸にほとんど倒れ掛かるように体重を預け、進藤がコクリと黙って頷く。
感覚に耐えられず進藤の体勢が崩れかけるのを抱え、細い腰に腕を廻し、もう一方の手の
指先で質量を増した彼自身を包み、圧迫し揺さぶる。
「…ん…ん…んんー…」
刺激が高まるにつれて進藤の吐息が一層甘いものになる。
オレの手の中で彼は既に今にも弾けそうに高まっていた。
人の手によって達する感覚にすっかり進藤は呑み込まれ薄い胸板を通して
激しい心音が伝わって来る。
そうしながらふと思い出した。
かつて夏の日にこうしてやって来たアキラを初めて抱いたのだった。
あの時も、夏の熱気を体内に宿したように彼の内部は燃えるように熱かった。
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