平安幻想異聞録-異聞- 167


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気がせいて、昼も夜もなくその作業を続けたいのが本音だったが、そうもいかない。
そうして参内するからには、恐れおおくも帝の囲碁指南という大任を任されて
いるのだし、せめてその仕事の最中は、自分のやるべき事に集中しようと思い、
実際に碁石を持てば、常の習いでスッと心は盤面の宇宙へと収束して落ち着くのだが、
例えばこうして帝が長考に入ったとき、佐為の指導の言葉を吟味しはじめ部屋が
静まりかえってしまった時、心は別の所へ飛んでしまう。
思い出されるのは、あの菊の宴。
皆の前で舞いを舞って見せたヒカルの、その血の気の薄い頬に落ちる青白い睫毛の影。
遠目にも彼が疲れているのがわかった。
本当に座間邸で不自由な思いをしていることは無いのだろうか?
あの最初の日の左手首の傷以外、外傷らしいものは見当たらなかったが……。
思惟の表情でうつむき、手の中の白石を玩んでいた佐為に、帝が声をかけた。
「さても。わが囲碁の師は、今は碁よりも大事なものがあると見えるな」
「いえ、決してそのような……」
「よい、もう慣れたわ」
佐為は自分の心の弱さを呪った。だが帝は怒った様子はない。
「鹿も恋に鳴くこの季節よ。女の噂のひとつも聞かぬそちが、そのように碁が乱れる
 ほど誰かを物狂おしく思う様は、なかなか見物じゃ」
「申し訳ございません。次はこのような事は決して」
「叱っているのではない。むしろ、そちにもそのような人間臭いことがあるかと
 感心しておる」
佐為は体を小さくするばかりだ。
「思いが通じるとよいのう」
帝が席を立った。
佐為は深々と頭を垂れた。



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